2020.12.30 12:00

【ラグビーコラム】高校ラグビー取材記 奈良はやっぱり時間がゆったり流れる

【ラグビーコラム】

高校ラグビー取材記 奈良はやっぱり時間がゆったり流れる

特集:
ノーサイドの精神
奈良朱雀高のラグビー部監督を務める山本清悟さん

奈良朱雀高のラグビー部監督を務める山本清悟さん【拡大】

 【ノーサイドの精神】奈良に行った。高校ラグビーの取材をしていると、出場校の取材で奈良に出向くことが多い。1年に1度は訪れている。

 今年も国学院栃木(栃木)と昌平(埼玉)の練習で奈良に向かった。両校は奈良市内の奈良朱雀高で、同じ時間に練習を組んでいた。近くに薬師寺、唐招提寺がある。1300年もの歴史が流れている土地だ。

 奈良朱雀高ラグビー部の監督は、知る人ぞ知る山本清吾(しんご)先生だ。“京都一のワル”“弥栄(やさか)のシンゴ”と呼ばれ、京都・伏見工で山口良治監督と出会い、ラグビーに足を突っ込んで45年。来年3月に定年を迎える山本先生は、教え子のラグビー部員たちとグラウンド脇で楽しそうにバーベキューをしていた。

 昌平の総監督は中村誠先生だ。国学院久我山で全国制覇4度の名将である中村先生とも、奈良で思い出がある。1984年末、久我山はシード校として花園に乗り込んできた。当時、宿舎は奈良公園の猿沢池のほとりにあった旅館で、練習場所も奈良公園内のグラウンド。初戦の2回戦の前日練習が終わった後、宿へと戻る道すがら、鹿が車とぶつかったのを目撃した。「いやなもの見たなあ」ともらした中村先生の予感が当たったのか、翌日は報徳学園(兵庫)に敗れてしまった。

 御年84歳になる中村先生の久我山時代の教え子が、国学院栃木の吉岡肇監督。吉岡監督の教え子が昌平の御代田(みよた)誠監督だ。その縁で両校は同じ時間にグラウンドを共有して練習した(別々にではあったが)。ちなみに、中村先生が高校日本代表の監督をしたとき、代表メンバーの一員だったのが山本先生。どこかでつながっている。

 奈良朱雀高に2時間半ほどお邪魔し、帰りに薬師寺をお参りした。中学の修学旅行以来、45年ぶりに再会した薬師三尊は、変わらず神々しかった。奈良は時間がゆったり流れるというが、悠久の昔に思いをはせると、それを実感した。何だか柿の葉ずしが食べたくなった。

田中浩(たなか・ひろし)

「田中 浩」イメージ画像1983年入社。ラグビーブーム全盛期に担当を約10年、その後デジタルメディア、ボクシング担当、アマ野球担当などを経て2008年から運動部一般スポーツ担当デスクを務め、14年秋に二十数年ぶりにラグビー取材の現場に復帰。秩父宮ラグビー場でトライ(高校都大会決勝)と東京ドームでヒット(スポーツ紙対抗野球)の両方を経験したのがプチ自慢の60歳。