2020.10.7 16:24

吉田義人氏が明かすNZ戦「伝説のトライ」秘話

吉田義人氏が明かすNZ戦「伝説のトライ」秘話

吉田義人氏

吉田義人氏【拡大】

 関東大学ラグビーがこのほど開幕し、ファンが生の試合の迫力を感じる日が戻ってきた。サンケイスポーツ評論でおなじみ明大OBの元日本代表WTB吉田義人氏(51)が語る「思い出の一戦」は1992年4月22日、世界選抜の一員としてウェリントンでニュージーランド(NZ)代表と戦った試合だ。この試合で「伝説のトライ」を決めた吉田氏は、今だから明かせる秘話も披露した。(取材構成・田中浩)

 この世界選抜はNZ協会創立100周年を記念して、同国代表と対戦するために編成された。だから、すごいメンバーが集まった。

 BKだけみてもSHファージョーンズ(オーストラリア)、CTBガスコット(イングランド)、FBのG・ヘイスティングス(スコットランド)ら各国代表のレジェンドばかり。そんな中に日本からただ1人、小さいWTBが交じっていたわけだ。

 3月末にNZに集合。2週間ぐらい合宿した後にクライストチャーチ、ウェリントン、オークランドと回って3戦した。僕が出たのはウェリントンでの第2戦。その前半30分、あの「伝説のトライ」が生まれた。

 左に展開してパスを受けたガスコットが相手に捕まる寸前、ポンとパントキックを上げた。まさか蹴ると思わなかったが、体が勝手に反応。ゴールポストをかすめるように落ちてきたボールに僕はダイビング。胸に収まってトライが決まった。

 世界選抜の招待状が届いたのが、この年の1月。実はその1週間後の試合で左鎖骨を折ってしまった。手術をしたら間に合わない。そこでお願いしたのがマラソンの瀬古利彦さんも頼った全盲の鍼灸(しんきゅう)師、小林尚寿さんだった。太い中国針を釣り針のように曲げて刺す荒療治を何日も施して治した。トライしたとき、もし左肩から落ちていたら再び折れていただろう。

 実はこの試合に報酬が出た。当時の日本は厳然たるアマチュアで、金銭授受など考えられない時代だったが、他の選手たちは「もらえ、もらえ。君の当然の権利だ」と平気で受け取っていたので私もいただいた。金額? 20万円ぐらいだったかな。時効ということでお許しいただきたい。

吉田 義人(よしだ・よしひと)

1969(昭和44)年2月16日生まれ、51歳。秋田・男鹿市出身。小3からラグビーを始め、秋田工高1年で全国制覇。3年で高校日本代表。明大でも1年からレギュラー。4年では主将として大学選手権優勝。日本代表キャップ30。伊勢丹を経て2000年にフランス・コロミエ入り。09年から4季、明大監督を務めた。7人制チーム「サムライセブン」代表、日本スポーツ教育アカデミー理事長。