2020.9.7 12:23

【ベテラン記者コラム(40)】後先を考えていた平尾誠二の疾走

【ベテラン記者コラム(40)】

後先を考えていた平尾誠二の疾走

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平尾誠二さん

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 1990年4月11日、水曜日の昼下がり。好天の秩父宮ラグビー場には平日にもかかわらず、2万人を超える観客が詰めかけていた。翌91年の第2回W杯出場権を争うアジア太平洋地区予選。日本と韓国が激突した。

 日本は勝てば推薦出場した87年の第1回大会に続く連続出場。だが、前半途中まで韓国に0-10とリードを許すなど、韓国は日本相手には闘志が違ってくる。追い上げにかかる後半、桜のジャージーの背番号12が相手を気迫で上回るような突進を見せた。

 敵陣でパスを受けるとスペースを突いて一直線に突っ走った。がむしゃらという言葉がぴったりくる疾走。平尾誠二だった。

 平尾のランについて、かつて本人に聞いたことがある。

 「自分の走りたいところにいる敵をどける。それが僕のステップの目的」

 左右のどちらかに一歩踏んで、相手を動かす。相手のいなくなった場所が本来走りたいスペースで、次の一瞬にはそこを走り抜ける。だから、平尾の走るコースは、相手がいてもほぼ一直線なのだ。

 「スピードを緩めても足の回転は全力のときと同じ」

 足の回転数を変えないことで、相手はスピードが変わっていることに気がつきにくく、全力で追ってくる。スピードをコントロールしている分、平尾のステップがより効果的になる。つまり、平尾のランは常にコントロールされており、後先考えず突っ走ることはないと思っていた。このときを除いては。

 平尾はゴールライン数メートル手前で韓国のタックルを受ける。そしてボールをグラウンドにたたきつけるようにバウンドさせた。それを拾ったNO・8のシナリ・ラトゥが逆転トライ。そこからさらに日本は2トライを追加し、韓国にそれ以上の得点を許さず、26-10で勝ちW杯出場権を獲得した。

 この試合を取材していた筆者には、平尾の突進が日本に火をつけたように見えた。後日、平尾にあの突進について聞いてみた。

 「うーん、あそこは行くところまで行っちゃえって感じだったかな。捕まっても、ボールをバウンドさせれば誰かが拾ってくれると思った。後ろに誰かついてきてくれるのが分かっていたしね」

 やはり、後先を考えていたのだと感じ入った。もしかしたら、ボールをバウンドさせる練習もしていたのかもしれない。それも聞きたかったが、その前に彼は天国へ旅立ってしまった。(田中浩)