2020.7.27 12:00

【ベテラン記者コラム(22)】第1回ラグビーW杯、鮮明に残る入国審査官と場内放送のおじさん

【ベテラン記者コラム(22)】

第1回ラグビーW杯、鮮明に残る入国審査官と場内放送のおじさん

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ベテラン記者コラム

 第1回ラグビーW杯の取材でオーストラリアに行ったのは、1987年5月だった。

 日本の初戦の会場であるブリスベンの空港に到着し、入国審査のブースでいきなり面食らった。

 「ユア・ナイム」

 係官の話す英語が分からない。ナイムって何だ? 1分近く固まった。ふと、気がついた。「ネームか!」。名前を聞かれていたのだ。オーストラリアやニュージーランドでは、「エイ」の発音が「アイ」になる。ポジションのNO・8は「ナンバーアイト」。初めて乗り込んだ南半球の洗礼を浴びた。

 ただ、滞在は快適だった。向こうの5月は晩秋だが、日中は半袖シャツで十分。治安もいい。ブリスベンのことを知っておこうと市の観光課を訪れたときは、カウンターの中へ通された。取材道具が入ったかばんを持っていこうとすると、「それは置いておいて大丈夫です」。この前年、取材で1カ月余り、米国を東から西へ横断したが、治安の良さは段違いだ。今はだいぶ悪くなったようだが。

 大会開幕の1週間ほど前、共催国で日本とも対戦する優勝候補のオーストラリアが、韓国とウオーミングアップマッチを行った。会場はW杯で使われるコンコルド・オーバルだったので、下見も兼ねて取材に向かった。

 メインスタンドでキックオフを待っていると、現地の初老のおじさんに声をかけられた。スタジアムの場内放送の係りだという。韓国選手の名前の読み方を教えてほしかったようで、アジア人とみて声をかけてきたらしい。韓国選手の名前はだいたい知っていたので、「まあいいか」と要望に応えることにした。

 韓国語の読み方で一人一人教えていき、NO・8金鉉(キム・ヒョン)の番にきた。当時24歳の気鋭だったが、のちに日本のNECに入り、韓国代表主将も務めた名選手で日本のファンにもなじみが深い。「キム・ヒョン」と教えるのだが、おじさんは「キム・ショーン?」「キム・ヒューン?」と正しく発音してくれない。「ヒューンでいいや」とあきらめ、本番でもそうアナウンスされた。そういえば英語圏には「ヒョ」という発音がなかったかもな、と思った。

 開幕したW杯では、日本はブリスベンでの初戦で米国に惜敗し、その後イングランド、オーストラリアにも敗れ3戦全敗で終了した。だが、33年前のブリスベンの記憶というと、大会そのものより、入国審査官と場内放送のおじさんの方が鮮明に残っている。(田中浩)