2020.7.17 12:00

【ベテラン記者コラム(18)】松任谷由実の名曲「ノーサイド」のモデルは今

【ベテラン記者コラム(18)】

松任谷由実の名曲「ノーサイド」のモデルは今

特集:
ベテラン記者コラム
30年ぶりに対戦し、試合後に笑顔で話す大分舞鶴高元主将の福浦孝二さん(右)と天理高元主将の津彼幸司さん

30年ぶりに対戦し、試合後に笑顔で話す大分舞鶴高元主将の福浦孝二さん(右)と天理高元主将の津彼幸司さん【拡大】

 新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛期間中に再放送されたTBS系人気ラグビードラマ「ノーサイドゲーム」を見た。最終回、戦い終えた男たちが手を取り合う場面で松任谷由実の名曲「ノーサイド」が流れ、何とも言えない温かい気持ちにさせられた。

 この曲のモデルとなったのはよく知られている通り、天理(奈良)が大分舞鶴を18-16で下し、5度目の優勝を決めた1984年1月7日の全国高校大会の決勝だ。ロスタイムのトライで2点差に追い上げた大分舞鶴のキッカーが、決めれば同点で両校優勝というゴールキックを外して敗れたシーンが松任谷の心を刺激したとされる。

 個人的にもラグビーを始めた高校1年のときの決勝だったこともあり、鮮烈な記憶がある。

 そのときのキッカーで主将だった福浦孝二さん(54)=現大分南高教諭=にお会いし、話を聞かせてもらったのは、それから30年後のことだった。関西協会が2014年春、当時のメンバーによる再戦を企画したのがきっかけだった。

 福浦さんの話は、足が震えるような場面にもかかわらず、「間違いなく入る」と自信があったこと。根拠は「この大会の自分は運が良い」。だが、左足を踏み込んだ瞬間、グラウンドに足を取られて腰砕けになり、ゴールを外した。そして「あのキックですごく有名になってしまい、それにふさわしい生き方をしなけれはいけないと思ってきた」というものだった。

 大学卒業後、郷里で高校の体育教師となった福浦さんは仲間たちとラグビースクールを立ち上げ、10年以上、子供たちにラグビーを教えている。モットーは「ラグビーを楽しみ、長く好きになってもらうこと」。地域にラグビーの種をまき続けてきたことが昨年のW杯日本大会で5試合が行われた大分会場の成功にもつながったのだろう。

 ラグビーの試合終了を告げる言葉は、世界的には「フルタイム(FULL TIME)」が一般的で、「敵、味方がなくなり、互いをたたえる」という意味を込めた「ノーサイド(NO SIDE)」が通用するのは日本だけとされる。

 福浦さんのフェイスブックのカバー写真は14年4月に花園ラグビー場で行われた天理との再戦の際に両チームで撮った集合写真だ。そこには、あの頃からずいぶん年を重ねた男たちの笑顔が写っている。(月僧正弥)