2020.7.13 12:00

【ベテラン記者コラム(16)】明大・北島忠治監督、好々爺だった「あの日」

【ベテラン記者コラム(16)】

明大・北島忠治監督、好々爺だった「あの日」

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明大ラグビー部の監督を務めた故北島忠治氏

明大ラグビー部の監督を務めた故北島忠治氏【拡大】

 風の冷たい日だったと思う。1985年12月2日、月曜の午後。前日のラグビー早明戦で宿敵・早大を8-6で破った明大の北島忠治監督を、自宅に訪ねた。

 明大の神髄「前へ」を唱え、縦のメイジ、重戦車FWを育て上げた、当時監督歴57年、85歳の偉大な指導者。まだ入社3年目の若造だった筆者は、アポなしで自宅の呼び鈴を押すときの緊張を今でも覚えている。

 意を決して呼び鈴を押すと、玄関を開けてくれたのは長老OBの1人。「あと5分遅かったら、忠さん(北島監督)昼寝するところだったよ。まあ、入って」と機嫌よく迎えてくれた。奥の部屋から出てきた監督に持参した菓子折りを渡すと、「おお、ありがとう」とそこらに無造作にポン。見ると、OBや関係者からの早明戦勝利を祝う贈答品だろう。包みがうずたかく積まれていた。

 前日の勝利の感想をうかがうと、「いい試合だった。でも、トライが少なかったな」。明大が2トライ(当時トライは4点)で早大をノートライに抑えた試合を、ニコニコ顔で振り返った。トライシーンを見るのが何より好きな御大らしい。右手に持ったたばこからは煙がゆらゆら。一日100本は吸うヘビースモーカーでもあった。

 1921(大正10)年、北島監督が明大専門部に入学したときは相撲部。2年時にラグビー部の助っ人に駆り出されてとりこになり、以後、まさにラグビーに生涯をささげることになる。OBによれば「厳しいが温厚な人」。裏表のある行動や筋の通っていないことには、烈火のごとく怒った。この7年前に夫人のみゆきさんを亡くし、長男で元明大主将の治彦さんが隣に住んでいたが普段は一人暮らし。自ら立ち上がってコーヒーを入れてくれたときは、恐縮するしかなかった。

 「サンスポはいつもラグビー頑張ってくれてるな」(当時から弊紙は365日ラグビーの記事を欠かさなかった)と励ましの言葉もいただいた。30分もお邪魔していなかったと思うが、明大ラグビーの本質を監督本人から学ぶことができたと感じた。

 コーヒーをごちそうになったテーブルのテーブルクロスは、アメリカンカートゥーンのキャラクター猫「フィリックス」だった。冒頭、風が冷たい日と述べたが、このテーブルクロスと北島監督の好々爺ぶりに、なんだかあの日は小春日和だったようにも思えるのだ。(田中浩)