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【桜戦士の恩師を訪ねて】WTB福岡、数々の負傷経験が「文武両道」目指すきっかけに

【桜戦士の恩師を訪ねて】

WTB福岡、数々の負傷経験が「文武両道」目指すきっかけに

2010年12月の花園で、東京・本郷の選手をかわして突進する福岡(右)。福岡の勝利に貢献した

2010年12月の花園で、東京・本郷の選手をかわして突進する福岡(右)。福岡の勝利に貢献した【拡大】

 9月20日開幕のラグビーW杯日本大会で、押しも押されもしない日本のエースとして期待されるのがWTB福岡堅樹(26)=パナソニック=だ。5歳からプレーを始めた福岡・宗像市の玄海ジュニアラグビークラブで、監督だった平川博康会長(69)と木塚幸人事務局長(56)が、将来は医師を目指して「文武両道」を貫く福岡の原点を明かした。 (取材・構成 田中浩)

 平川さんは、21年前の春の光景を覚えている。

 「背は大きくなかったけど、りりしい子が入ってきたなと思いました」

 それが福岡だった。能力の高さは際立った。

 「小さかったからSHをやらせたんですが、SOがパスを取れないんです。体にバネがあって強いから、パスも強かったんです」(平川さん)

 小学生のころはスピードが段違いだったので、どこでボールを受けてもトライに持っていけた。

 木塚さんは「福岡は中学時代に変わった」という。「自分の脚力に体がついていかない感じでした」と振り返った。

 中学3年の春の試合。トライをするとき、足からスライディングしてグラウンドのくぼみにはまり、足を骨折した。進学した福岡高の2年時には、左膝の前十字靱帯(じんたい)を切断。その後も右膝を痛めるなどした。「パワーを制御することを、そのあたりから考え始めたんじゃないかな」と木塚さんは言う。

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  • 福岡を育てた玄海ジュニアラグビークラブの平川会長(左)と木塚事務局長(撮影・田中浩)