2019.8.14 10:00(1/2ページ)

【桜戦士の恩師を訪ねて】国学院栃木高・吉岡監督、SO田村は負けず嫌い

【桜戦士の恩師を訪ねて】

国学院栃木高・吉岡監督、SO田村は負けず嫌い

不動の司令塔の田村。W杯でも日本を引っ張る

不動の司令塔の田村。W杯でも日本を引っ張る【拡大】

 9月20日開幕のラグビーW杯日本大会へ向けたカウントダウン企画がスタート。日本代表選手を育てた恩師を訪ね、そのルーツを探る。第1弾はSO田村優(30)=キヤノン=を指導した国学院栃木高の吉岡肇監督(57)。今では日本不動の司令塔となった田村だが、入部当時はラグビーの経験がなく、やんちゃだった。負けず嫌いの性格で、現在の地位を築くまでに成長した。 (取材・構成 阿部慎)

 中学時代までサッカー少年だった田村は、競技初心者としてラグビー部の門をたたいた。高校時代のやんちゃなエピソードは数知れず。それでも生粋の負けず嫌いな性格で、日本一の司令塔になるための礎を築いた。

 「性格はひと言で言えば帝王。表に立って指揮は取らないが、周りからしたらスター性、存在感がある」

 吉岡氏が16年前を思い出し、目を細めた。ある授業中のこと。教師に怒られ立たされたが、教室の死角で弁当を平然と食べていた。弁当は同級生にサインを送り運ばせた。「裏番長だよね」と吉岡氏。ラグビーにつながる賢さと人望は、生まれ持った才能だった。

 父はトヨタ自動車、豊田自動織機の監督を歴任した誠氏(57)。サラブレッドといえども競技は素人だった。タックルなどの基礎を一から学ぶ日々。自主性を重んじるチーム方針に、田村の性格も合致した。「居残りでボールを蹴っているのを見たことがありますよ」。練習ではいつも真剣な表情だった。

【続きを読む】

  • 国学院栃木・吉岡肇監督
  • ラグビーパシフィック・ネーションズ杯、日本代表・田村優