2019.5.22 11:12

【ラグビーコラム】早大初の女子レフェリー池田韻さん、世界へ飛び立つ日を目指し研鑽の日々

【ラグビーコラム】

早大初の女子レフェリー池田韻さん、世界へ飛び立つ日を目指し研鑽の日々

特集:
ノーサイドの精神
早大・池田韻レフェリー

早大・池田韻レフェリー【拡大】

 【ノーサイドの精神】早大に、ちょっと注目している“期待の星”がいる。といっても選手ではなく、早大初の女子レフェリー、池田韻(ひびき)さん(2年)だ。

 小2から福岡県の玄海ジュニアラグビークラブでラグビーを始め、中学では福岡レディースでもプレーした。福岡高では2年までSHだったが、左右の肩を痛めてパスが伸びなくなり、FLに転向。3年では全国高校大会開会式直後に行われる「U-18花園女子15人制」に西軍FLとして出場し、花園の芝も踏んだ。玄海ジュニア、福岡高の先輩には日本代表WTB福岡堅樹がいる。

 「負傷もあって、大学でプレーを続けるのは難しいと思っていました。そんなとき、ラグビー部の顧問の杉山英明先生から『レフェリーになったらどうだ』と勧められたんです」

 昨夏、東京都協会公認のC級レフェリーの資格をとった。今夏、関東協会公認となるB級の資格をとるため、普段は早大のアタックディフェンスやスクラムセッションなどチームについて学びながら、現在はレフェリーコーチも帯同して東京都クラブ選手権などの笛も吹いている。

 「まだまだヘタクソです」と謙遜するが、部員にまじってのフィットネス練習では、FW第1列を戦々恐々とさせるほどのタフネスぶりも発揮。「走れるレフェリー」との評価は高い。

 「早大ラグビー部が自分を受け入れてくれたことに対する感謝は、忘れてはならない。レフェリングの技術を向上させることがチームのためになると思い、レフェリーを頑張りたい」

 B級になれば、資格的には関東大学ラグビー対抗戦、リーグ戦など、トップクラスの試合も担当できるようになる。女子レフェリーのアカデミーにも入っており、女子W杯などを目指し、やがては世界へと飛び立つ日もくるだろう。

 韻の名は「人生に余韻を残してほしい」という両親の希望もあってつけられた。高らかな笛の音に、そこはかとない余韻が残る、そんなレフェリーになってくれそうだ。

田中 浩(たなか・ひろし)

「田中 浩」イメージ画像  1983年入社。ラグビーブーム全盛期に担当を約10年、その後デジタルメディア、ボクシング担当、アマ野球担当などを経て2008年から運動部一般スポーツ担当デスクを務め、14年秋に二十数年ぶりにラグビー取材の現場に復帰。秩父宮ラグビー場でトライ(高校都大会決勝)と東京ドームでヒット(スポーツ紙対抗野球)の両方を経験したのがプチ自慢の58歳。