2018.8.15 12:00

【ラグビーコラム】釜石とヤマハ発動機の絆、8・19釜石鵜住居メモリアルマッチ

【ラグビーコラム】

釜石とヤマハ発動機の絆、8・19釜石鵜住居メモリアルマッチ

特集:
ノーサイドの精神
ヤマハ発動機の清宮克幸監督

ヤマハ発動機の清宮克幸監督【拡大】

 【ノーサイドの精神】8月19日、W杯会場として新設された釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム(岩手県釜石市)のオープニングイベントが行われる。16日のサンケイスポーツで、このイベントに関する特集記事が掲載されるが、メモリアルマッチとして、地元の釜石シーウェイブス(SW)と対戦する相手に選ばれたのがトップリーグ(TL)のヤマハ発動機だ。

 2011年3月11日の東日本大震災で、釜石は大きな被害を受けた。この月、ヤマハ発動機の新指揮官に就任したのが清宮克幸監督(51)だった。チームは前年度にTL11位と低迷。「チームが生まれ変わらなくてはいけなかった、時代の分岐点だった」と困難に立ち向かおうとしていた清宮監督にとって、釜石の被災はひとごとではなかった。

 清宮監督の申し出で、釜石SWとヤマハ発動機が釜石SWの本拠地・松倉グラウンドで練習試合を行ったのが、震災3カ月後の6月。以降、北海道合宿などで毎年対戦。昨年は日本代表とアイルランド代表のテストマッチが行われた翌日の6月18日に、場所もテストマッチ会場の静岡スタジアムで開催された。

 清宮監督は言う。

 「うちの会社は船外機や発電機などをつくっているし、震災の後、何か支援ができるのではないかと連絡をとったら、『何もいらないから試合をしに来てくれ』と言われたんです」

 そこで、ゴールデンウイークに静岡・磐田市から車で十数時間かけて視察。「大丈夫。試合もできる」と翌月に訪れた。そのとき、着古した試合ジャージーなど「10年分ぐらい」(清宮監督)も持ち込み、地元のファンにプレゼントした。街の中が“ヤマハブルー”に染まるぐらいの勢いだったそうだ。

 何よりうれしかったのが「震災直後で打ちひしがれていたはずの釜石のみなさんが、『この試合があることを励みに頑張ってこれた』と言ってくださった。ラグビーの町、ラグビーに対する熱さを改めて感じることができた」ことだという。今回のメモリアルマッチも釜石側から、「ぜひ」と声をかけられた。快諾したことは言うまでもない。

 あと1年ちょっとで、釜石にもW杯がやってくる。

 「釜石は、W杯12会場の中で、どこよりもシンボリックなところ。そんな場所でW杯が開かれることが、世界中にニュースとして発信される。それが大事」と清宮監督は強調する。

 19日の試合には、7年前にもらったヤマハ発動機のジャージーを着た釜石のファンが、大勢訪れるかもしれない。絆はさらに強く結ばれる。

田中 浩(たなか・ひろし)

「田中 浩」イメージ画像 1983年入社。ラグビーブーム全盛期に担当を約10年、その後デジタルメディア、ボクシング担当、アマ野球担当などを経て2008年から運動部一般スポーツ担当デスクを務め、14年秋に二十数年ぶりにラグビー取材の現場に復帰。秩父宮ラグビー場でトライ(高校都大会決勝)と東京ドームでヒット(スポーツ紙対抗野球)の両方を経験したのがプチ自慢の57歳。

  1. サンスポ
  2. ラグビー
  3. トップリーグ
  4. 【ラグビーコラム】釜石とヤマハ発動機の絆、8・19釜石鵜住居メモリアルマッチ