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慶大初医学部ラガーの古田京、2G2PGで白星“処方”/関東対抗戦

慶大初医学部ラガーの古田京、2G2PGで白星“処方”/関東対抗戦

突進する古田。医学部生が慶大の勝利に貢献した (撮影・山田俊介)

突進する古田。医学部生が慶大の勝利に貢献した (撮影・山田俊介)【拡大】

 ラグビーをやめることも考えたが「花園に出て日本代表にも選ばれ、そんな仲間たちとまた試合がしたいと思って」。あえて困難な道を選んだ。

 父・十(じゅう)さんから「自分を超えろ」と、億や兆よりも上の単位である「京(けい、古田の読みはきょう)」の字を名につけられた19歳が、昨季対抗戦4位に終わったタイガー軍団の牙に鋭さを加える。 (田中浩)

慶大・金沢篤ヘッドコーチ「古田は体を張れる選手。だから仲間からの信頼がある」

古田 京(ふるた・きょう)

 1997(平成9)年2月25日生まれ、19歳。神奈川・川崎市出身。5歳から麻生RSでラグビーを始め、慶応普通部を経て慶応高では3年で花園出場。高校日本代表にも選ばれた。慶大医学部に進学した昨季は対抗戦の明大戦に途中出場、大学選手権の同志社大戦に途中出場し、筑波大戦で大学初先発を果たした。家族は両親と弟。1メートル76、85キロ。

慶大医学部

 1873(明治6)年創設の「慶應義塾医学所」を経て、1920(大正9)年に私学で最初の大学医学部として誕生。大手進学塾によると、一般受験での合格ラインは偏差値74前後で私大最難関。学費は年間約360万円。1年時は横浜市の日吉キャンパス、2~6年時は東京・新宿区の信濃町キャンパス。医学部長の初代は北里柴三郎氏、現在は岡野栄之氏。

医学生ラガーマン

 1994-97年度に日大でNO・8として活躍した龍啓之助は医学部(日大二高から進学)で、トライを量産して「ドクターT」と呼ばれた。98-2004年は医師でありながらリコーに所属してトップリーグにも出場した。現在はスポーツ外科医。1970年代に世界最高のFBといわれたウェールズ代表のJ・P・R・ウィリアムズの本業は外科医。あるテストマッチでタックルを見舞った相手選手が苦しがっているのを、グラウンド上で自ら介抱したという逸話もある。

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