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【さよなら国立競技場(2)】地鳴りのような大歓声に力をもらった“雪の早明戦”

特集:
日本選手権
1987年12月の“雪の早明戦”。堀越(右)の前には雪の塊が…。左はタックルに入った明大・吉田

1987年12月の“雪の早明戦”。堀越(右)の前には雪の塊が…。左はタックルに入った明大・吉田【拡大】

 それを観客席からみたときに、本当にいろんな人たちから力をもらう体験を、早明の選手はさせてもらっている、あんないいところにいたんだな、と。だからこそ、次の国立もファンの声が全体を包んで、揺るがすようなスタジアムを作ってほしいですね。声援が選手の力になるようなスタジアムが出来上がることを楽しみにしています。

★1987年12月6日

 関東大学ラグビー対抗戦「早大-明大」 前夜から積もった雪の中で行われた“雪の早明戦”。堀越をはじめ早大はWTB今泉清、明大はWTB吉田義人と両校スーパールーキーを擁し、早大が全勝、明大1敗で激突。10-7と早大リードで終盤に突入したが、徹底したFW戦でトライをめざす明大に、自陣ゴール前で早大が必死の防御で応戦。選手の体の熱気と息が湯気のように立ちこめる中で、早大が最後までトライを許さず対抗戦全勝優勝を遂げた。

堀越 正巳(ほりこし・まさみ)

 1968(昭和43)年11月27日生まれ。45歳。東京都新宿区出身。埼玉・熊谷工時代から「天才SH」と呼ばれ、同3年で花園準優勝。早大では1年から主力として活躍し、2年から日本代表入り。神戸製鋼では1年目から日本選手権4連覇に貢献して、7連覇を達成。91年、95年W杯出場。代表通算26キャップ。98年度で現役を引退して、立正大監督に就任。

(紙面から)