(安田記念、2023年6月4日 15:40、GI、東京11R、芝・左1600m)
【日曜東京11R・安田記念】
日本ダービー当日の5月28日、僕は午前中から東京競馬場にいた。
<○○(レース名前)当日の◎月×日、僕は早朝から▲(場所)にいた。>という冒頭は、これで5週連続だ。今回は「早朝」が「午前中」だが…。5月の日曜日は必ず午前から外出したことになる。
なぜ東京競馬場か。聞くのはやぼというもの。もちろん、日本ダービーを取材し、現場の雰囲気を体感するためだ。
前回、東京競馬場で日本ダービーを見るのはロジャーバローズが制した2019年以来。翌年、新型コロナで世界は一変。翌20年は無観客で行われた(勝ったのはコントレイル)。21年は若干の観客を入れて実施し(同シャフリヤール)、22年は7万人強が来場可能となって行われた(同ドウデュース)。今年は新型コロナの感染症法上の位置付けが5類に移行後、初めての日本ダービー。入場者数以外は、ほぼ規制なしの状態で行われるようになったし、来場可能な勤務スケジュールだったので行くことにした。
ロジャーバローズのときは、サートゥルナーリアが2冠を達成すると思って本命にしたんだよ。主戦のクリストフ・ルメールがたしかNHKマイルCで騎乗停止になって、手綱を取ったのがダミアン・レーン。「テン乗りでダービーは勝てない」というジンクスがあるけど「ジンクスは破るためにある」とか言って本命にしたら出遅れて届かず4着…。今年もレーンは、テン乗りのタスティエーラで臨むのか。今年はソールオリエンスが2冠を達成するので、タスティエーラは良くて2着かな。
なんてことを思いながら入場した4年ぶりの日本ダービーは、以前と変わらず華やかだった。
まずはフジビュースタンドの記者エリアへ。JRAの広報室に顔を出した後、日刊記者室(スポーツ紙と一般紙の記者のための部屋)と競馬エイトのトラックマンがいる部屋に行って挨拶。どちらも翌日の紙面(誌面)づくりに勤しんでいるので、邪魔をしてはいけない。なんとかみんなの邪魔にならない場所を確保した。
エイトの部屋の隣の外国人記者室にいた、サンケイスポーツ特約の齋藤克己カメラマンと談笑。プリークネスSを撮影してきたばかりだという。今度はベルモントSの撮影で渡米するとか。ご苦労さまです。社台ファーム代表の吉田照哉さんと同年齢。お二方とも元気いっぱいだ。見習わなくてはいけない。
馬主スペースへ行くと、ノーザンファーム代表の吉田勝己さん、キャロットファーム代表の秋田博章さん、キャロットファームに競走馬を提供している愛馬法人会キャロットクラブ代表の手嶋龍一さん(外交ジャーナリスト・作家、元NHKワシントン支局長)、シルクレーシング代表の米本昌史さんらがいたので雑談した。吉田勝己さんが「今年も9頭もダービーに出すことができてうれしいね」と笑顔だ。「コパノ」の冠号で知られるDr.コパこと小林祥晃さん、「バローズ」の猪熊広次さんとソウルラッシュなどを所有する石川達絵さんにもお会いできた。
別の部屋では吉田照哉さんがニコニコ顔で迎え入れてくれた。生産馬のソールオリエンスは、ディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイルと同じ3枠5番。「忖度(そんたく)してくれたのかな」とご機嫌だ。ただし「皐月賞は重馬場だったから、良馬場で時計が速くなるとどうかな」とも。ソールオリエンスを所有する社台レースホース代表の吉田哲哉さんにも挨拶できた。
サトノグランツを出走させる里見治オーナーからは「あんなに大きく扱ってくれてびっくりだよ」。サンケイスポーツで独占取材したインタビュー記事が大きく掲載されたことを喜んでくれた。また来年も取材を受けていただけると幸いです。シャザーンとフリームファクシの2頭出しの金子真人さんと夫人のみね子さんにもお会いできた。「極道記者」の塩崎利雄さんとも再会。メモリアル60では、作家の浅田次郎さんに挨拶した。残念なのは作家の高橋源一郎さんにお会いできなかったこと。いろいろあってダービー後に記者席へ行きそびれてしまった。
そういえば、ひーちゃんも来ているんだよな。そう思って携帯に電話するとベンチで休んでいるという。行くと、応援する石川裕紀人がダービーで騎乗するグリューネグリーンの勝負服と同じ配色(緑とピンク)のポロシャツを着ている。さすが。言われなければ気付かなかったけど(苦笑)。下北沢の古着店を捜し歩いてそろえたという。ご苦労さま。
日本ダービーはスタンド上の記者室からではなく、下で見ることにした。オークスのときにあったという「2秒の静寂」がダービーでもあるどうかを雑踏の中で体感したかったのだ。
混雑が多少でも和らいでいそうな内馬場にある障害コースで見ようと決めた。ひーちゃんもそこで見ると言ってたし、20年前の出来事を思い出したからだ。開放された障害芝コースで一度、休みの日にオークスを見たことがあった。僕は後藤浩輝が手綱を取る13番人気のチューニーに期待していた。するとチューニーが僕の間の前で抜け出そうとするではないか。「ヒロキ!ヒロキ!ヒロキ!」と絶叫。そのとき、僕の腕の中で寝ていた娘が、大声に驚いて目を覚ました。
最後にスティルインラブに差し切られたが、2着。3連複を取った…と思ったら、ヤマカツリリーがゴール前でシンコールビーに差し切られた? シンコールビーは買ってない。一気に脱力したのを覚えている。馬連は2万4480円もついたのに、なんで3連複しか買わなかったのだろう。
◇◇◇◇◇
ひいきの居酒屋のカウンター席で、隣でヱビスビールを飲んでいるひーちゃんに、日本ダービー当日の行動を話していた。
「で、20年ぶりに障害コースで見たGⅠレースはどうでしたか?」
実はたどり着けなかった。
「だから会えなかったですね。でもどうしてたどり着けなかったんですか?」
外の連絡通路から内馬場へ行こうと思ったら人波にもまれて…。
「スタンド内の連絡通路を使えば行けたのに」
そうだったんだ。めったに行かないから、その経路を失念していたよ。外の連絡通路近くまで行くだけでも一苦労だった。内馬場への案内板が見えるところまで行こうとしても遅々として進まず、途中で「ジジイぶつかんじゃねえよ」と威勢のいいおネエさんに怒鳴られた。
「それ、『威勢のいい』ではなく『口の悪い』ですね」
「すみません」と言うと「すみませんじゃねえよ」って言い返された。そりゃあ還暦まで1年ちょっとだからジジイかもしれないけど、心が折れたね。
「ドンマイ」
結局、左側のターフビジョンの目の前で観戦せざるを得なかった。冒頭の写真は、身動きできないほどの雑踏の中で撮った第90回日本ダービーのスタート直後。
「よく見ると、カラ馬ドゥラエレーデも写ってますね」
うん。僕の周りは若者ばかり。そのほとんどがペアかグループで来ているようだったけど、競馬好きがビギナーを連れてきているという感じだったね。ゲートが開いてすぐに大きなどよめきがあって落馬と思ったら、周囲から「ドゥラエレーデ」「ドゥラエレーデ」「ドゥラエレーデ」っていうのが呪文のように広がっていったよ。
「『2秒の静寂』は体感できました?」
返し馬のあとに場内放送で「ファンファーレが鳴り終わった後は、お静かにお待ちください。特に、最後の馬の枠入りからゲートが開くまでは、ご静粛にお願いいたします。発走後は精いっぱいの声援をお願いします。すべては素晴らしいレースのためにご協力をお願いいたします」とアナウンスがあったり、ターフビジョンに同じ内容の「ファンの皆さまへのお願い」が映ったりしたおかげか、スタート直前は静寂とはいえないまでも静かだったと思うよ。ゲートを開いた途端の落馬で一瞬のうちにどよめきが静けさをかき消したけどね。
「障害コースで見ていた私も同じように思いました」
あとはほとんどターフビジョンで戦況を見守るしかなかった。最後の直線でソールオリエンスの伸び脚が皐月賞ほどではないと心配しつつも差し切りを願っていたんだけど…。結果と混雑酔いで今も気分が優れない。それに大雨で電車が止まるかもしれないから、そろそろ安田記念の予想に移って早めに切り上げよう。
「といっても、もう400字詰め原稿用紙に換算して10枚目に突入してますけど」
失礼しました。
「でも、桃ちゃんが参加できるかどうか…」
本命のスキルヴィングがああいうことになったからね。いつもなら、20年前のオークスの馬券を取れなかった話のときに「馬券下手は昔っからなんですね」と茶々を入れてくるのに、それすらできないんだから相当ショックだったようだね。予想を早めに切り上げたいのは、僕の混雑酔いや大雨だけでなく桃ちゃんのためでもあるんだよ。でも、参加できそうもないね。
「桃、もう帰っていいよ」
ミチヤも気遣ってる。
「桃ちゃん、お疲れさまです」
お疲れ。
「ソダシちゃん…」
え?
「ソダシちゃんが勝って、私の破れた心を少しでも癒やしてほしい…」
そうなるといいね。
「そう言いながら、鈴木さんの本命はソダシちゃんじゃないんですよね」
それは…まあ…。
「お気遣いなく。お先に失礼します。お休みなさい」
「最後に桃ちゃんらしさが少し戻っていたような」
だね。次はひーちゃん、よろしく。
「安田記念は最後の脚の速い子が絡むイメージです。ということでシュネルマイスターくんが本命。この馬を軸にします。去年の安田記念2着以来、ようやく帰ってきた東京でこそ、本来の力を生かせるはず。穴っぽいところだと、レッドモンレーヴくんも今の東京が好きなんじゃないかなあって思ってます」
ありがとう。
「鈴木さんも手短に。本命は」
ナミュール。
攻めましたね。
実は、日本ダービーの夜に一緒に食事をした人が力説していたんだ。「前回本命にした馬が負けても、明確な敗因があれば次に来る可能性は高い」って。
「もしかして、その人の前回の本命がナミュール?」
うん。ヴィクトリアマイルの7着はスタート直後に大きな不利を受けてのものだから安田記念でも勝負になる、と。4歳牝馬の安田記念勝ちは昨年のソングラインや2020年のグランアレグリアなどの例があるから無謀とはいえないだろう。ソングラインは昨年の安田記念がGⅠ初制覇だったしね。
「つまり、今回は他人の本命に完全に乗っかる、と」
そうともいうね。
「やれやれ」
◎⑫ナミュール
○⑤ソダシ
▲⑭シュネルマイスター
△③ジャックドール
△④セリフォス
△⑦ガイアフォース
△⑨シャンパンカラー
△⑩ソウルラッシュ
△⑬レッドモンレーヴ
△⑰ウインカーネリアン
△⑱ソングライン
《3連複》
⑤⑫⑭ 800円
⑫-⑤⑭-③④⑦⑨⑩⑬⑰⑱(16点) 各400円
⑫-③④⑦⑨⑩⑬⑰⑱-③④⑦⑨⑩⑬⑰⑱(28点) 各100円
「そういえば、LINEの人の日本ダービーはどうでしたか?」
トリガミだったって。1、2着が逆だったらもうかっていたらしいよ。
「そうは言っても当たっている、と」
だね。
「うらやましい。来年の日本ダービーは絶対に当てたいです。それが裕紀人くんで取れたら死んでもいい!」
それは言い過ぎじゃない。
「ですね。失礼しました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
主な登場人物
ミチヤ…ひいきの居酒屋の店主。ずぶの素人から、どこまで競馬に興味を持ってくれるか
桃ちゃん…ひいきの居酒屋のアルバイト。馬券のセンスが抜群の競馬女子(UMAJO)。ちなみに、居酒屋ブルースのUMAJOは、酒場のあすピー→バイトのマヤ姉(ねえ)→桃ちゃんと変遷
LINEの人…謎の人物
ひーちゃん…Gallopエッセー大賞受賞者。石川裕紀人推し