《馬術×競馬》、きょうとあすにお届けする最終シリーズは競走馬のリトレーニングです。昔から、日本の馬術・乗馬の世界では多くの元競走馬が活躍しています。しかし、速く走ることに特化したトレーニングをしてきたサラブレッドにとって、馬術で求められる運動は正反対と言えるもので、その調教にはかなりの時間を要します。近頃は、競走馬から乗馬・馬術競技馬にスムーズに転向し、活躍させるための様々な事業やプロジェクトが行われています。
今回は、JRAが取り組んでいる《引退競走馬のリトレーニング》にスポットを当てます。(Text & Photo: 北野あづさ)
JRAが引退競走馬のリトレーニングを一つの事業として本格的にスタートさせたのは2017年。2013年にオリンピックの東京開催が決まり、JRAがそれを支援することになったのがきっかけでした。仕掛け人の西尾髙弘さんに話をお聞きしました。
引退競走馬のセカンドキャリアの可能性を広げるために
JRAは以前から、馬術や乗馬を含む馬事振興に力を入れていましたが、オリンピックをきっかけにその部分を強化することになりました。その時に引退競走馬の活用について本格的に検討が始まったのです。もともと乗馬クラブや大学馬術部では、引退競走馬を乗馬や馬術に転用していました。個々に行なっていた初期の調教方法を整理して、引退競走馬のセカンドキャリアを充実させるための仕組みをつくるにはどうしたら良いのか、JRAが馬事公苑で馬を一度預かって、どのくらいの期間休養させて、どのようなステップを踏んで乗馬・馬術に適性のある馬を見極め、どのように馬たちのモードを切り替えていくのかを検証しようということになりました。2017年から世田谷馬事公苑の全面改修のために宇都宮に移ったことで、競技会場としての提供や普及イベントなどの従来の活動が休みになって、このプロジェクトに取り組む時間もできました。
JRAでも以前から譲渡された引退競走馬を誘導馬や普及馬として活用していましたが、そのトレーニングは個々の経験、知識、技術に頼っていました。それをある程度系統立てて、そのノウハウを広めるために、まずはJRA自身が体感し、考え方を纏めようということです。中心メンバーはJRAの獣医職員と馬取り扱い専門職員です。馬術系職員ではないことは意外かもしれませんが、この《リトレーニング》は馬術的調教を始める前の段階であるグラウンドワークが主なため、生産・育成部門でサラブレッドの初期調教に携わった経験のあるスタッフがより適していると判断しました。
仕掛け人 西尾髙弘さん検証を経てその方法を確立させた今、一例を挙げると、競走を引退して誘導馬になるまでの時間が、以前は2~3年かかると言われていましたが、リトレーニングすると半年くらいで誘導デビューできるようになるなど、効果が認められています。大事なのは、馬を扱う人間側が意識を変えること、ここで行うワンステップが大事だということを認識することです。馬側の理屈(馬の本能・行動学)を人間が理解し、そのロジックに基づいてリトレーニングを行うことで、馬たちも人間もハッピーになれます。そのためにも系統立ったノウハウを広めることは重要です。JRAではリトレーニングの考え方をまとめた《引退競走馬のリトレーニング指針(サラブレッドの理解とグラウンドワーク)》という冊子をつくり、全国の大学馬術部あるいは全国乗馬倶楽部振興協会を通じて乗馬クラブにお配りして活用していただいています。
また、全国乗馬倶楽部振興協会が2018年から実施しているRRC(Retired Racehorse Cup=引退競走馬杯)への助成を通して、セカンドキャリアを歩んでいる馬の活躍をサポートしています。この競技会においても《リトレーニング》という言葉と考え方が浸透してきていることを感じます。サラブレッドたちを大事に使うことで、乗馬クラブや選手にとって楽しみができたこともありますし、引退競走馬の可能性が広がって、より有効かつ安全に活用できる環境がつくられていくことは乗馬クラブや大学馬術部にとってもプラスであり、そして、競馬サークルにとっても嬉しい話です。馬術が盛んなヨーロッパでは、引退競走馬を馬術に転用することはなく、初めから障害馬術用、馬場馬術用、総合馬術用の馬たちが生産されています。日本にはサラブレッドが大事にしてもらえる環境があるのです。
多くの方に最高の馬術競技を見てもらえるまたとないチャンスがオリンピックであり、JRAも全面的に支援してきましたが、無観客開催となってしまいました。しかし、これで終わりではなく、これからもスポーツとしての魅力を積極的にアピールし、乗馬や馬術に興味を持ってくれる人や乗馬・馬術人口を増やすことで、リトレーニングされた安全な引退競走馬の需要が増えることを期待しています。日本ならではの環境を活かし、セカンドキャリアに進んだサラブレッドたちが活躍するチャンスをつくっていくための、最初の重要なステップがリトレーニングなのです。=(10)に続く
’(提供:日本馬術連盟)
この記事をシェアする