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【高橋信之コラム】世界のおもちゃデザイナースタン・ウェストン G.I.ジョー、キャプテン・アクション。男の子のための着せ替え人形のはじまり。

【高橋信之コラム】

世界のおもちゃデザイナースタン・ウェストン G.I.ジョー、キャプテン・アクション。男の子のための着せ替え人形のはじまり。

特集:
高橋信之
キャプテンアクション 元祖コスプレヒーロー人形は1966年に生まれていた!

キャプテンアクション 元祖コスプレヒーロー人形は1966年に生まれていた!【拡大】

 ニューヨーク生まれのステイン・ウェストン(Stanley Weston 1933-2017)はニューヨーク大学在学中に徴兵されて朝鮮戦争に従軍した。

 帰国後、復学して経営学修士号を取ったウェストンはニューヨークにあった軍用品放出店(ミリタリー・サープラス)が人気となっているのを見てひとつのアイデアを思いつく。

 終戦または休戦によって生まれた余剰品や不用品、廃棄品を扱うサープラス(払い下げ店舗)には武骨ながら安価な服やカバン、その他たくさんの装備が並んでいた。

 だが顧客は必ずしも実用品を安価に求めるだけでなく、軍服や軍用品に憧れる青年や少年であることにウェストンは気がついた。

 男の子のための着せ替え人形

 当時、人形は女の子のためのおもちゃであり、アメリカの男の子はおもに乗り物やカウボーイルックや銃のおもちゃで遊んでいた。当時としては斬新なアイデアだった。

 ウェストンはみずからのアイデアに基づいて試作品を発注、それをロードアイランドの文具と玩具のメーカー、ハズブロ社に持ち込んだ。

 当初、懐疑的だったハズブロ社だがウェストンの狙っているビジネスが「アペンディクス」すなわち追加品販売であることに気がつき、俄然(がぜん)、意欲を示す。

 文具や雑貨業界でもうかるのは追加品販売、シリーズ販売なのだ。ブランドやキャラクターがついた筆箱を売れば、そこに入れられるのなら同じブランドやキャラクターの文具となる。これがアペンディクス商売だ。

 兵隊さん人形には、銃や銃剣、弾帯やカバン、トランシーバーや双眼鏡といった軍用品がアペンディクスとなる。

 さらに階級が上ったり所属する軍が変われば、軍服も買い直す。そこには何年にも渡って続くマーケットが見えていた。

 こうしてウェストンがサープラスショップで見た光景は、人形で再現されることになった。その後、半世紀以上に渡りハズブロ社の主力商品となったアクションフィギュア「GIジョー」はこうして1963年に世に出た。

 さまざまな軍務につき装備品を携えるため、その人形には全身の関節がジョイント可動した。素体の製造コストは高くなったが、後々のアペンディクス商品は低価格で作れるから採算は取れていた。

 ちなみに商品名ネーミングのヒントは、有名なルポ記事であり、それをもとにした映画だった。 沖縄伊江島の上陸戦で戦死した従軍記者アーニー・パイルの欧州戦ルポを原作とする映画『G.I.ジョー』(1945)、その後のコミックブック(1951)に先行して使われている。

【続きを読む】

  • 晩年のスタン・ウェストンは、アクションフィギュアの父としても玩具マニアのリスペクトを集めた。
  • 記念すべき「GIジョー」第1号モデル。ドックタグ(認識票)がついているところが兵隊さんらしさに貢献していた。
  • 陸軍、海軍、空軍、海兵隊とアメリカの四軍の将兵すべてに展開していった。
  • 映画『GIジョー物語』(1045)は従軍記者アニー・パイルの沖縄戦での戦死後、2カ月ほどで公開された。
  • 大戦下で有名なヒーローとなったアニー・パイルをパージェス・メレディスが演じている。
  • 従軍記者アニー・パイル本人。このヒトの書いたコラムタイトルから「GIジョー」のネーミングは生まれたのだ。
  • キャプテンアクション第1号モデル(1966)、胸のシンボルマークが「自在変身」をイメージさせる。
  • アメコミスタイルのラインナップカタログも作られた。
  • ボディ素体は脱ぎ着しやすいようにGIジョーよりもスリムに作ってある。
  • おや、イニシャルがかぶってますね。子どもの頃の混乱のタネ。