松井秀喜

プロフィール

ふりがな まつい・ひでき 松井秀喜
出身地 石川県
生年月日 1974年6月12日生
身長 186cm
体重 110kg
血液型 O型
投打 右投左打
ドラフト 92年1位
甲子園 90夏、91夏、92春夏
出身校 星稜高

チーム遍歴
1993-2002 読売ジャイアンツ
2003-2009 ニューヨーク・ヤンキース
2010 ロサンゼルス・エンゼルス
2011 オークランド・アスレチックス
2012 タンパベイ・レイズ
主なタイトル
最優秀選手 1996、2000、2002
正力賞 2000
本塁打王 1998、2000、2002
首位打者 2001
打点王 1998、2000、2002
最高出塁率 1998、2000、2002
ベストナイン 1995、1996、1997、1998、1999、2000、2001、2002
ゴールデングラブ賞 2000、2001、2002

通算成績
チーム 打率 試合 打数 得点 安打 本塁 打点 四球 三振 盗塁
1993 巨 人 .223 57 184 27 41 11 27 17 50 1
1994 巨 人 .294 130 503 70 148 20 66 57 101 6
1995 巨 人 .283 131 501 76 142 22 80 62 93 9
1996 巨 人 .314 130 487 97 153 38 99 71 98 7
1997 巨 人 .298 135 484 93 144 37 103 100 84 9
1998 巨 人 .292 135 487 103 142 34 100 104 101 3
1999 巨 人 .304 135 471 100 143 42 95 93 99 0
2000 巨 人 .316 135 474 116 150 42 108 106 108 5
2001 巨 人 .333 140 481 107 160 36 104 120 96 3
2002 巨 人 .334 140 500 112 167 50 107 114 104 3
日本通算 .304 1268 4572 901 1390 332 889 844 934 46
2003 ヤンキース .287 163 623 82 179 16 106 63 86 2
2004 ヤンキース .298 162 584 109 174 31 108 88 103 3
2005 ヤンキース .305 162 629 108 192 23 116 63 78 2
2006 ヤンキース .302 51 172 32 52 8 29 27 23 1
2007 ヤンキース .285 143 547 100 156 25 103 73 73 4
2008 ヤンキース .294 93 337 43 99 9 45 38 47 0
2009 ヤンキース .274 142 456 62 125 28 90 64 75 0
2010 エンゼルス .274 145 482 55 132 21 84 67 98 0
2011 アスレチックス .251 141 517 58 130 12 72 56 84 1
2012 レイズ .147 34 95 7 14 2 7 8 22 0
米国通算 .282 1236 4442 656 1253 175 760 547 689 13

軌跡
年月日 詳細
1974.06.12 0 石川県能美郡根上町生まれ
1976.04 1 根上町立山口保育園に入園
1981.04 6 根上町立浜小学校に入学
1985 10 小学5年時に、捕手として根上少年野球クラブに入団
1987.04 12 根上中学校に入学し、野球部に入部
1990.04 15 星稜高校に入学し、内野手として野球部に入部
1991.08 17 夏の甲子園で、3回戦の竜ケ崎一戦で甲子園第1号を放つ。
1992.03 17 センバツに出場し、2回戦の堀越戦で本塁打を放ち、ゴジラの異名を受けた。
1992.08.16 18 夏の甲子園で、2回戦の明徳義塾戦で5連続敬遠。高校通算の本塁打は60本、打率.457
1992.09 18 日米韓親善野球の全日本高校選抜チームのメンバーに選出
1992.11.21 18 ドラフト会議で4球団競合の末、読売ジャイアンツがドラフト1位で交渉権を獲得
1993.03 18 オープン戦は53打数5安打20三振の成績で、開幕は2軍スタート
1993.05.02 18 ヤクルト戦で、西村龍次からプロ初安打(中越え二塁打)
1993.05.03 18 ヤクルト戦で、高津臣吾からプロ初本塁打
1994.06 20 実家の隣に松井記念館が設立
1995 20 松井秀喜ホームラン基金をスタート
1995.06.23 21 ヤクルト戦で、山内嘉弘からプロ初の満塁本塁打
1995.08.22 21 横浜戦で、三浦大輔から通算50号本塁打を放つ。
1995 21 22本塁打を放ち、初のベストナインに選出
1996 22 130試合に出場し、打率.314、38本塁打、99打点の成績でチームの優勝に貢献し、初のMVPを受賞。2年連続のベストナインにも選出
1997.04.27 22 広島戦で、山崎健から通算100号本塁打を放つ。
1997 23 3年連続のベストナインに選出
1998.07.28 24 ヤクルト戦で、川崎憲次郎から通算150号本塁打を放つ。
1998.10.03 24 34本塁打、100打点の成績を残し、初タイトルの本塁打王、打点王、最高出塁率を獲得。4年連続のベストナインに選出
1999.09.21 25 阪神戦で、舩木聖士から通算200号本塁打を放つ。
1999 25 5年連続のベストナインに選出
2000 26 42本塁打、108打点の2冠でチームを日本一に導き、リーグと日本シリーズのMVPをダブル受賞。正力松太郎賞とゴールデングラブ賞を初受賞し、2年ぶりに最高出塁率のタイトルを獲得。6年連続のベストナインに選出
2000.11.16 26 県民栄誉賞を受賞
2001.04.12 26 中日戦で、バンチから通算250号本塁打を放つ。
2001.05.03 26 歴代5人目となる連続1000試合出場を達成
2001.07.10 27 オールスターファン投票で初の最多得票を獲得し、8年連続出場
2001.07.24 27 オールスター史上初の3試合連続本塁打を近鉄・中村紀洋と共に記録
2001.08.03 27 5月5日からセ・リーグ記録の65試合連続出塁を記録
2001.09.27 27 プロ入り初となる3打席連続本塁打
2001.10.12 27 打率.333で初の首位打者に輝くとともに、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞し、7年連続ベストナインに選出
2001.12.25 27 プロ野球史上最高額の年俸6億1000万円でサイン
2002.07.03 28 オールスターファン投票で2年連続2度目の最多得票となる129万8046票を集め、9年連続出場
2002.07.09 28 広島戦で、黒田博樹から通算300号本塁打を放つ。
2002.08.01 28 4番としての連続出場の日本新記録となる、363試合連続出場を記録
2002.10.17 28 50本塁打、107打点の2冠、3度目の最高出塁率のタイトルを獲得し、リーグ優勝に貢献した。
2002.11.01 28 フリーエージェント(FA)権を行使し、メジャー移籍を表明
2002.11.01 28 2年ぶり3度目のMVP、8年連続のベストナインに選ばれる。
2002.11.09 28 アーン・テレム氏と代理人契約を結ぶ。
2002.11.10 28 3年連続のゴールデングラブ賞を受賞
2002.11 28 日米野球の日本代表メンバーに選出され、全7試合に出場
2002.12.20 28 ヤンキースと3年総額2100万ドル(約25億2000万円)で合意
2003.01.13 28 メジャーリーグ史上類を見ない盛大な入団会見が行われた。
2003.03.31 28 ブルージェイズとの開幕戦に「5番・左翼」で先発し、一回の第1打席で左前適時打を放ち、メジャー初安打初打点を記録
2003.04.08 28 本拠地でのツインズ戦で、メジャー初本塁打を満塁弾で飾る。
2003.06.29 29 メッツ戦でメジャーリーグ通算100安打を9号ソロで飾る。
2003.07.02 29 6月23〜29日のア・リーグ週間MVPを受賞(打率.500、2本塁打、14打点)
2003.07.03 29 6月の打率.394、6本塁打、29打点の活躍を受けて、月間最優秀新人賞を獲得
2003.07.15 29 オールスターにア・リーグファン投票外野手部門3位で選出。試合では左前打を放つ。
2003.07.17 29 インディアンス戦でメジャー初のサヨナラ本塁打を放つ。
2003.09.28 29 打率.287、16本塁打、106打点の成績でシーズン終了
2003.10.19 29 ワールドシリーズで日本人初本塁打を放つ。
2004.03.31 29 日本凱旋試合のデビルレイズ戦で本塁打を放つ。
2004.06.02 29 5月24〜30日のア・リーグ週間MVPを受賞(打率.524、2本塁打、7打点)
2004.07.13 30 2年連続でオールスターに出場(9回表代打で途中出場)
2004.07.25 30 メジャー通算4本目の満塁弾を含む自己最多タイの1試合5打点をマーク
2004.09.30 30 自身初の3試合連続本塁打、九回サヨナラのホームを踏みヤンキースは地区優勝
2004.10.03 30 打率.298、31本塁打、打点108の成績でシーズン終了
2005.06.20 31 6月13〜19日のア・リーグ週間MVPを受賞(打率.455、3本塁打、10打点)
2005.07.28 31 メジャー新記録の、デビューから425試合連続出場を達成
2005.09.03 31 メジャー3年連続100打点をマーク
2005.09.07 31 デビルレイズ戦で、ウェクターから日米通算400号本塁打を放つ。
2005.10.01 31 ヤンキースの8年連続地区優勝に貢献する23号ソロを放つ。
2005.10.02 31 打率.305、23本塁打、116打点の成績でシーズン終了
2005.11.16 31 ヤンキースと4年契約5200万ドル(約61億8800万円)で合意、残留を発表
2006.05.11 31 レッドソックス戦の一回守備途中、左手首を骨折。連続試合出場記録は日米通算1768試合(日本1250、米国518)で途切れた。
2006.05.12 31 手術を受け、翌13日に退院
2006.06.05 31 ヤンキースタジアムで骨折後初の練習
2006.07.06 32 グラブをつけての捕球と両手での素振りに許可が下りる。
2006.07.23 32 骨折後初めて外野ノックを受けたほか、両手で力強い素振りを10スイング
2006.08.23 32 約3カ月半ぶりに両手でバットを持ち、約30分間52球のティー打撃
2006.09.01 32 屋外で初のフリー打撃を行い32スイング中、6本のサク越えを披露
2006.09.06 32 2Aトレントンで118日ぶりに実戦復帰
2006.09.12 32 124日ぶりに出場したメジャーの試合で、適時打を含む4安打1打点と活躍
2006.09.14 32 復帰後初となる本塁打が、推定飛距離140メートルの3階席直撃弾となる。
2006.10.01 32 打率.302、8本塁打、29打点の成績でシーズン終了
2007.02.16 32 著書「不動心」を出版
2007.04.07 32 走塁中に左太もも裏を痛め、故障者リスト(DL)入り
2007.04.23 32 デビルレイズ戦に「6番・左翼」で16日ぶりに復帰、犠飛で1打点を挙げた。
2007.05.06 32 マリナーズ戦で左翼二塁打を放ち、日米通算2000安打を達成。失策が一転、安打という珍しいメモリアルヒットとなった。メジャーに移籍した日本人選手による日米通算2000安打はイチローに次いで2人目
2007.08.02 33 7月のア・リーグ月間MVPを初受賞(打率.345、13本塁打、28打点)
2007.09.30 33 打率.285、25本塁打、打点103の成績でシーズン終了
2007.11.14 33 右ひざの内視鏡手術を受け成功、翌々日からリハビリ開始
2008.03.26 33 8歳年下のスポーツ関連会社の元社員の一般女性と結婚することを発表
2008.06.23 34 左ひざ痛のため故障者リスト(DL)入り
2008.08.19 34 ブルージェイズ戦で約2カ月ぶりの戦列復帰。「7番・指名打者」で先発し、3打数無安打
2008.09.22 34 左ひざの内視鏡手術を受け、09年2月中旬のキャンプ復帰を目指す。
2008.09.28 34 打率.294、9本塁打、打点45の成績でシーズン終了
2009.04.06 34 日本人初の開幕4番で右中間本塁打を放って日米通算445号とし、恩師である長嶋茂雄・巨人終身名誉監督の記録を抜いた。
2009.10.04 35 打率.274、28本塁打、90打点の成績でシーズン終了
2009.11.04 35 ワールドシリーズで3本塁打を放つなどシリーズ最多タイ記録の1試合6打点をマーク。ヤンキースを9年ぶり27度目のワールドチャンピオンに導き、同シリーズで日本選手初のMVPに輝いた。
2009.11.10 35 フリーエージェント(FA)として公示
2009.12.16 35 エンゼルスと1年契約の年俸600万ドル(約5億4000万円)で合意
2010.04.28 35 インディアンス戦の五回に右前打を放ち、メジャー通算1000安打を達成
2010.05.08 35 マリナーズ戦の延長十回に左前へ決勝適時打を放ち、日米通算1500打点を達成
2010.09.16 36 インディアンス戦で2年連続の20号本塁打を放ち、落合博満氏の1564打点に日米通算で並んだ。
2010.10.03 36 打率.274、21本塁打、打点84の成績でシーズン終了
2010.12.14 36 アスレチックスと1年契約の年俸425万ドル(約3億5700万円)で合意
2011.04.03 36 マリナーズ戦で左翼線二塁打を放ち、日米通算2500安打を達成
2011.05.01 36 レンジャーズ戦で適時二塁打を放った後に生還し、日米通算1500得点(うち日本で901)を達成
2011.07.20 37 タイガース戦で日米通算500号本塁打を達成
2011.07.25 37 7月18〜24日のア・リーグ週間MVPを受賞(打率.571、2本塁打、7打点)
2011.08.29 37 インディアンス戦で左翼線二塁打を放ち、立浪和義(中日)が持つプロ野球記録487二塁打を抜き、日米通算488二塁打とした。
2011.09.28 37 打率.251、12本塁打、72打点の成績でシーズン終了
2011.10.30 37 フリーエージェント(FA)として公示
2012.04.30 37 レイズとマイナー契約
2012.05.28 37 レイズ傘下3Aダーラムで13試合に出場、47打数8安打4打点で1割7分と打率は低迷したものの、レイズが故障者を多く出していることもあり、メジャー昇格
2012.05.29 37 ホワイトソックス戦にメジャー昇格即先発し、四回に右越えに2点本塁打を放った。
2012.07.25 38 メジャー昇格後、34試合に出場したものの、打率1割台に低迷したことが響き、レイズから戦力外通告を受ける。
2012.08.02 38 本人の希望により自由契約となる。最終成績は打率.147、2本塁打、7打点でシーズン終了
2012.12.27 38 ニューヨーク市内のホテルで現役引退を表明。日米で通算507本塁打を放った20年間のプロ生活に幕を下ろした。
2013.03.13 38 2013年3月上旬に第1子となる男児が誕生したことを明らかにした。
2013.04.01 38 プロ野球発展に貢献したことが評価され、恩師の長嶋茂雄氏とともに国民栄誉賞を受賞することが決定
2013.05.05 38 巨人-広島の試合前に東京ドームで国民栄誉賞を受賞。授与式前の引退セレモニーでは、長嶋茂雄氏とともに白いオープンカーでグラウンドを1周した。
2013.05.08 38 安倍晋三首相から長嶋茂雄氏とともに公邸に招かれ、夕食会に参加
2013.07.28 39 ヤンキースと1日限定のマイナー契約を結び、チームの一員として本拠地ヤンキースタジアムで引退式に臨んだ。
2013.08.28 39 2006年にリハビリで試合に出場した、ヤンキース傘下の2Aトレントンで始球式を務めた。
2013.10.30 39 日米の友好関係促進に貢献したとして、「日米特別功労賞」を受賞
2014.01.07 39 石川県能美市民栄誉賞を受賞し、市の名誉観光大使に任命された。
2014.01.17 39 プロ野球とメジャー球界で優れた成績を残したとして、「ビッグスポーツ賞」の特別功労賞を受賞
2014.02.01-13 39 巨人の春季キャンプで打撃投手として登板するなど、臨時コーチを務めた。
2014.02.20 39 ヤンキースのキャンプに臨時コーチとして参加
2014.04.12 39 ヤンキース傘下のマイナー、1Aスタテンアイランドの球場で約500人にサイン会を実施
2014.05.24 39 メジャーOBによる野球殿堂の記念試合にア・リーグの「5番・左翼」で出場し、四回に先制本塁打を放った。
2014.06.22 40 ヤンキースタジアムで行われたOBの恒例行事「オールドタイマーズ・デー」に初参加。親善試合に「5番・指名打者」で出場し、一ゴロと二塁後方へのフライ。途中からは左翼守備に就き、投手も務めた。
2014.10.11 40 ニューヨーク市郊外で現地在住の日本人児童約30人を対象に野球教室を開催
2014.11.16 40 東日本大震災の復興支援を目的とした巨人と阪神のOB戦に「3番・右翼」で出場し、右越えに適時二塁打を放つなど4打数4安打1打点と大活躍した。
2015.02.03 40 巨人の春季キャンプを訪問し、2月5日からの3日間はDeNAのキャンプを視察