2021.5.6 12:00

【ベテラン記者コラム(141)】今も鮮明に残る石川遼の世界記録「58」

【ベテラン記者コラム(141)】

今も鮮明に残る石川遼の世界記録「58」

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58で回ったスコアカードを手にする石川遼

58で回ったスコアカードを手にする石川遼【拡大】

 男子ゴルフの「中日クラウンズ」を久しぶりに取材した。悪天候で初日の競技が中止となり、54ホールの短縮競技となった大会は岩田寛が制した。2日の最終ラウンドは7バーディー、ボギーなしの63。2打差を逆転する圧巻のラウンドに、「コースレコードはいくつだっけ?」と思った自分が情けなかった。

 11年前の2010年大会。18歳の石川遼が金字塔を打ち立て、優勝した。最終ラウンドで12バーディー、ボギーなしの58をマーク。世界の主要ツアーを通じての最少スコア(当時)だった。世界記録の誕生を目撃していたのに失念していた。

 一瞬とはいえ忘れていた自分がいうのも何だが、あの日の石川のゴルフは、それまでの常識を覆すものだった。会場の愛知・名古屋GC和合Cは6545ヤード(当時)、パー70のコンパクトなコース。距離は短い。だが、小さなグリーンは硬くて、速い。しかも砲台で、アンジュレーションもきつい。グリーン周りも難しく、グリーンを外せばパーをセーブできる可能性は低くなる。さらに厄介なのは方向が一定しない風。この目に見えないハザードがコースの難易度を上げてきた。

 「和合は林の下をくぐらせるようなローボールが必要になる。多少は距離を残しても低い球で手前から攻めていかないと駄目なんですよ」

 そう力説していたのは、第3ラウンド終了時に首位に立った丸山茂樹だった。教科書のような和合の攻略法。だが、石川は真逆だった。パー3以外のホールで手にするクラブは常にドライバー。「ラフでもいいから少しでもグリーンに近づけようと思った」。ドライバーでぶっ飛ばし、パー4の2打目はウエッジでラフからもベタピンの連続。丸山と6打差の18位から出て前半のハーフは28。石川の7組後の最終組から丸山がスタートとするときには、その差はもうなくなっていた。

 11年後の今年の和合で石川は「6打差を追いかける立場で全部ドライバーはありだったけど、あのときはそれを初日からやっていた。若かったです」と苦笑して振り返った。さらに「長くやっていると奥のピンに対しては突っ込みにくくなる」とも話した。

 経験を積み重ねるということは怖さを知ることなのだろう。だから、極力リスクを冒さないし、冒す必要もない。至極真っ当。だが、セオリー無視の破天荒なゴルフだったからこそ、石川の「58」は今も記憶に鮮明に残っているのだと思う。見る側の勝手な思いだが、わくわくするゴルフがまた見てみたい。(臼杵孝志)