2020.12.17 12:00

【ベテラン記者コラム(83)】しぶこで思い出す遼くんフィーバー

【ベテラン記者コラム(83)】

しぶこで思い出す遼くんフィーバー

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15歳で優勝した石川遼

15歳で優勝した石川遼【拡大】

 2007年5月20日は男子ゴルフ界に新しいヒーローが誕生した日だった。国内ツアー「マンシングウェアオープンKSBカップ」で15歳のアマチュアだった石川遼が優勝。遼くんフィーバーの始まりである。

 ゴルフ担当になったのは、高校1年生だった石川が08年1月にプロ転向を宣言した直後。いや応なしに熱い渦の中に飛び込むことになった。8月にツアー外競技(当時)の「関西オープン」でプロ初優勝、11月には「マイナビABC選手権」でプロとしてツアー初優勝を果たした。石川の行くところには常に人、人、人。波のように大きなうねるギャラリーの動きで、遠くからでも石川がどこにいるのかはわかった。

 そろいの“遼くん”Tシャツを作って応援に駆け付ける妙齢の女性ファンも多かった。息子と同じくらいの少年に熱狂する。ゴルフというスポーツにはまったく興味はなし。ジャニーズ系のノリだった。ボールがカップインすればパーでもボギーでも「ナイスバーディー!」の声も飛んだ。「ナイスじゃないし」とボソッとつぶやいて苦笑する石川を目撃したこともあった。

 メディアの取材も過熱し、石川の周囲とは少なからずトラブルもあった。「取材時間が長すぎる。特に関西の記者は長い。少しは考えてほしい」と言われることも多々あった。確かに取材時間は長かった。ただ、これには理由がある。

 石川は一つの質問に対し、丁寧かつ誠実に答えてくれる。興に乗ればノンストップ。しかも、高校生とは思えないくらい深い話もできるし、おもしろい。しゃべくりの関西人も聞き手に回るだけだが、“ツッコミ”は忘れない。それが絶妙に石川を刺激し、話は別の方向に発展…。関西の記者が多いトーナメント会場では、そんなことも繰り返しだった。

 先日の女子ゴルフ「全米女子オープン」で優勝争いを演じた渋野日向子取材していると、よく石川を思い出す。渋野は「なりたいと思っていた」という有名人になって以降、ゴルフ以外のことで悩むことが多かった。きっと石川もそうだったんだろう。それを自分の中で消化し、“遼くん”のキャラを変えることなく今もトッププロであり続けている。これは驚きでしかない。

 ちなみに「マンシングウェアオープン-」で石川は120人が参加し、上位4人だけが本戦に出場できる予選会に2打及ばずに落選している。しかし、32人のアマチュアで最上位の成績などが評価され、開幕直前に主催者推薦を受けてのツアー初出場が決まった。日本のゴルフ界を変えた大会側の“ナイスショット”だった。(臼杵孝志)