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【二十歳のころ 青木功(2)】初スイングで尻餅寸前の空振り…火がついた

【二十歳のころ 青木功(2)】

初スイングで尻餅寸前の空振り…火がついた

特集:
二十歳のころ
中学3年の1957年ごろ。「写真嫌いだった」という青木の、貴重な学生服ショットだ(青木功ゴルフ企画提供)

中学3年の1957年ごろ。「写真嫌いだった」という青木の、貴重な学生服ショットだ(青木功ゴルフ企画提供)【拡大】

 我孫子GC時代の19歳で最初のプロテストに落ちて、21歳になった1963年9月に「翌年のプロテストを受けられる」という条件で飯能GCに研修生として移った。

 近くに西武園競輪場があって、よく通ったな。人から2万円借りて穴車券を当てて8万円にしたり、すってんてんで帰ったり。当時の月給は1万円くらいで、プロテストを受験するのには5万円かかった。元手5000円を競輪で3万円にして、残りは借金で64年に2度目のプロテストを受けたんだ。

 「青木は競輪で金をつくってプロになった」なんてゴルフ雑誌に書かれたけど、まんざら嘘でもない。今振り返れば、そのときもうけていなかったら、どうなっていたのかと思うよ。

 そういえば俺にクラブを握らせたお客さん、東京・新橋の高級料亭「金田中」の創業者の岡副鉄雄さんだと後で知った。岡副さんにキャディーでつかなかったら、青木功のゴルフ人生はなかったね。 (あすに続く)

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