村上隆氏が日本プロゴルフ殿堂入り!ただ一人「年間グランドスラム」達成など

 
1975年の日本シリーズを制した村上。その年に年間グランドスラムを達成した

 日本プロゴルフ殿堂は8日、新たに殿堂入りする顕彰者として1975年の日本ゴルフツアーで、日本タイトル四冠となる「年間グランドスラム」をただ一人達成するなど、日本ツアー通算21勝を挙げた村上隆(72)=元サンケイスポーツ評論家=ら6人を発表した。賞金女王に7度輝き、海外選手としてただ一人、日本ツアーの永久シードを持つ台湾出身の●(=さんずいに余)阿玉(と・あぎょく、62)も名を連ねた。式典は3月24日に開かれる。

 日本ゴルフ界の“レジェンド”が新たな栄誉を手にした。1975年に日本でただ一人の年間グランドスラムを達成した村上が、日本プロゴルフ殿堂入りを果たした。

 「大変名誉なことでうれしく思います。殿堂入りの栄誉をいただき、ありがとうございます」

 64年にプロ転向。67年にプロ初勝利を挙げた。そして、村上が最も輝いたのが初の賞金王に輝いた75年だった。

 この年の5月に創設された日本プロマッチプレー(神奈川・戸塚)を皮切りに、9月の日本オープン(愛知・春日井)、10月の日本プロ(岡山・倉敷)と破竹の勢いで3連勝。シーズン最終戦となった11月の日本シリーズ(大阪、東京)開幕直前。新聞記者から初の年間グランドスラムがかかっていることを聞いた。

 「プレッシャーを感じて大会を迎えた」。それまでは優勝に届かず「万年2位」などとささやかれたこともあった。だが、東京よみうりCCに10年間所属した“地の利”と持ち味のパッティングとアプローチを最大限に利用する堅実なゴルフで、初の賞金王に花を添える「日本四大タイトル」を独占。青木功、尾崎将司の「AO時代」から「AOM時代」と呼ばれる一時代を築いた。

 「年間グランドスラムまでは勝てない時期があり、ゴルフを見直して勝てるようになったことが思い出に残っています」

 村上は選手としてだけではなく、80年代からサンケイスポーツ評論家としても活躍した。

 現在は第一線を退いて、生まれ育った静岡・伊東市で暮らし、ジャガイモやサトイモ、ダイコンなどの栽培が楽しみという。日本ゴルフ界に燦然(さんぜん)と輝く金字塔は決して色あせない。

レジェンド部門に選ばれた女子の清元登子(たかこ)「先輩たちが築いてきた歴史の中で、(殿堂入りを)頂くことはとても光栄です」

★プレーヤー部門

 台湾出身の●(=さんずいに余)阿玉もプレーヤー部門で選ばれた。1974年のプロ転向後、同年の東海クラシックで初優勝するなど、日本通算69勝。樋口久子(71)に次ぐ計7回の賞金女王に輝くなど、男女を通じて海外勢でただ一人の永久シード保持者だ。「今まで支えてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。これからは少しでもゴルフ界に恩返しができたら」とコメントを寄せた。

日本プロゴルフ殿堂

 2012年に始まり、今回で5度目。レジェンド部門とプレーヤー部門に分かれる。表彰ノミネート基準は(1)表彰年度において満45歳以上(2)PGA会員、LPG会員およびJGTO会員として通算在籍10年以上で、年間賞金ランク1位、世界殿堂入りなど13項目のいずれかの条件を満たすものとする。理事長は元日本プロゴルフ協会会長の松井功(75)。

村上 隆(むらかみ・たかし)

 1944(昭和19)年5月25日生まれ、72歳。静岡・伊東市出身。11歳からゴルフを始めた。伊東南中卒業後、川奈ホテルのゴルフ場に勤めキャディーをやりながら男子プロの杉本英世に弟子入りしてプロを目指した。64年にプロ転向。67年「グランドモナーク」など国内通算21勝。75年に日本タイトル4冠となる「年間グランドスラム」を達成して初の賞金王。72年「マレーシアオープン」優勝。1メートル74、80キロ。

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