2020.9.16 05:03

城下尊之さん、岸部さんは「本当はケチじゃない」スタッフ100人にうな重

城下尊之さん、岸部さんは「本当はケチじゃない」スタッフ100人にうな重

岸部四郎さん=1996年

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 グループサウンズ、ザ・タイガースのメンバーで、テレビの司会者や俳優としても親しまれたタレント、岸部四郎(きしべ・しろう)さんが8月28日午前4時33分、拡張型心筋症による急性心不全のため千葉県内の病院で死去していたことが15日、分かった。71歳だった。

 岸部さんが司会を務めた日本テレビ系「ルックルックこんにちは」で共演した芸能リポーター、城下尊之さん(64)は何度となくデビュー当時のエピソードを聞かされた。

 「俺、全然楽器できへんかったもんな。でも、メンバーに入って翌日から女の子にもてた。それぐらいタイガースの人気はすごかった」

 1969年にギター、加橋かつみ(72)の脱退で加入。「留学というと聞こえはいいけど、アメリカで遊んでたとき兄貴(岸部一徳、73)に呼び戻されて。ギターは弾けないし、タンバリンをたたいてたけど、自信がないからシンバルの部分にセロハンテープを貼って、音が出ないようにしてごまかしていた」。酒席をともにするたびに、面白おかしく思い出話をしてくれたという。

 芸能界では倹約家として知られたが、85年に最初の妻と離婚し慰謝料と2人の子供の養育費を一括払いしたため、多額の借金を背負ったからだった。「本当はケチじゃない。番組の全体会議で100人のスタッフ全員にうな重をふるまってくれたこともあった」と城下さん。「ただ、毎朝テレビに出ているから高利貸がたくさんお金を貸してくれる。それで借金が膨らんだんです」。

 バブル全盛期、ヘリコプターの定期輸送業に手を出し、米国のディスコを買収、趣味の骨董収集にのめり込んだあげく、連帯保証人を引き受けるなどして、自己破産。「ルックルック-」を降板し、事務所もクビになった。

 それでもバラエティーに出演しては「俺は元・金持ちやぞ!」などと自虐ネタで笑いに変えた。2003年に脳内出血で倒れて右目の視野が狭まる後遺症を負い、07年にはマネジャーだった14歳下の再婚妻が急死。仕事も金もなくなり、苦しい生活をブログでつづると、ひょうひょうとした文章が評判を呼び、書籍化されるなど再ブレーク。浮き沈みの激しい人生だったが、最後まで笑いに変えて万人に愛された。