2020.6.7 11:00(1/2ページ)

【朝ドラのころ】1997年「あぐり」田中美里(1)朝ドラは女優としての母校 夫役・野村萬斎の背中見て成長

【朝ドラのころ】

1997年「あぐり」田中美里(1)朝ドラは女優としての母校 夫役・野村萬斎の背中見て成長

特集:
朝ドラのころ
田中(中央)はおさげ姿で15歳のあぐりを熱演。エイスケ役の萬斎(右)と担任教師役の山田邦子とスタジオ収録をスタートさせ、にっこり=1997年1月撮影

田中(中央)はおさげ姿で15歳のあぐりを熱演。エイスケ役の萬斎(右)と担任教師役の山田邦子とスタジオ収録をスタートさせ、にっこり=1997年1月撮影【拡大】

 NHK連続テレビ小説の歴代ヒロインに迫る「朝ドラのころ」の6月は、1997年度前期の「あぐり」で女優デビューした田中美里(43)。東宝シンデレラオーディションで審査員特別賞を受賞後に射止めた大役。女優、吉行和子(84)の母で美容師の草分け、吉行あぐりさんをモデルにした夢多きヒロインを演じた。夫役の狂言師、野村萬斎(54)ら先輩の姿から演技を学んだ朝ドラは、女優としての“母校”だ。

 今もNHKに行くと、実家に帰ってきたようにホッとします。演技を学ばせてもらった学校に近いものを感じますね。

 子供の頃はすごく人見知りでした。でも、家族の勧めで入った児童劇団で舞台に立っているときだけは堂々としていた私を見て、家族は芸能界に向いていると思ったようです。私自身は夢があったわけではなく、高校卒業後は米国へ留学するため、地元の石川県で英会話を勉強していました。

 留学しようと思っていたところ、上京していた兄から「最後にやってみない?」と勧められて東宝シンデレラオーディションを受け、審査員特別賞をいただきました。

 「あぐり」のオーディションに合格したのは、それからたった3カ月後のことでした。オーディションで印象的だったのは、パントマイムです。「パントマイムで夢を表現してください」と言われ、登校中にカラスに頭をつかまれたときのことを再現しました。パントマイムなのに自分で状況を説明してしまって、落ちたなと思ったのですが…。合格を知らされたときはまさか私がと思い、びっくりしました。

 当時は石川県から上京したばかり。家具も何もない部屋で連絡を受け、「何もないこの部屋を『あぐり』の台本でいっぱいにしたいです」と所属事務所の方にお伝えしたことを覚えています。周りの力に背中を押され、あれよあれよと言う間に前に進んだ体験は、後にも先にもないです。

 ヒロインのあぐりは当時、現役の美容師でいらした吉行あぐりさんがモデル。どんな困難にぶち当たっても明るく笑っている女性です。明治生まれのあぐりの15歳から約30年を演じました。

 あぐりがその道を開拓するところは、新人だった私も共感しました。石橋をたたいて渡るよりは、渡り切って振り向いたら割れていたようなところも多々ありました。行動して転んで、どう立ち上がるかというところは似ているなと感じました。スタッフの方から「キャラクターに合っているから、自分の感性のままに演じてください」と言われたことが、すごくうれしかったです。

【続きを読む】

  • 制作発表では初々しい笑顔が印象的だった=96年11月撮影
  • 田中(中央)のクランクアップに駆けつけた原作者の吉行あぐりさん(右)。美容師の師匠を演じた名取裕子も万感=97年8月撮影
  • 田中美里