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【朝ドラのころ】2004年「わかば」原田夏希(5)全てを教わった朝ドラは仕事の原点

【朝ドラのころ】

2004年「わかば」原田夏希(5)全てを教わった朝ドラは仕事の原点

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原田夏希

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 9カ月の撮影が2月にクランクアップを迎えたときは、長かったような短かったような不思議な気持ちになりました。

 夫役の姜(きょう)暢雄さんとマンションのベランダで子供をあやすシーンを終えた瞬間、くす玉が出てきて割れたと思ったら、母親役の田中裕子さんが花束を持って登場してくださって、ものすごく涙が出ました。

 撮影が終わって1週間後、次の朝ドラ「ファイト」のヒロイン、本仮屋ユイカさんとバトンタッチ会を行いました。ただ、すでに撮影のために移住していた大阪から東京に戻り、もう終わったんだと感じていたので、未練はなかったですね。

 撮影が終わる頃、「8月に『わかば』の舞台をやるから」と言われ、最初はふ~んってくらいにしか思わなかったのですが、明治座(東京・日本橋浜町)という歴史ある場所で座長として初舞台を踏むことに、徐々にプレッシャーを感じて…。

 23日間40公演に及んだ舞台は死ぬほどつらかったです。3時間公演をほぼ1日2公演やったのですが、私の代わりはいないので倒れられず、声とか体調とか特に気をつけました。公演中は上手から下手に行くのに舞台裏の動線を回ると出番に間に合わないので、ロビーに出て反対側へ走る。体は疲れるし、せりふも膨大でしたね。

 先輩職人役の山西惇さんに「死にそうなんですけど…」と言ったら、「俺も死にそうやで」と言われて。舞台経験が豊富な山西さんが苦しいのだから、私がしんどいに決まっていると思ったら、楽になりました。

 朝ドラの後にTBS系「ヤンキー母校に帰る」で不良少女を演じました。天真爛漫な若葉とは全く違う役でしたが、私は現場から一歩出ると忘れちゃうタイプなので、あまり苦労はありませんでした。朝ドラの撮影中に父親役の内藤剛志さんから「俺は殺人犯も演じるから役を引きずっていると生きづらい。切り替えが大事」と言われたのを思い出して、その通りだと実感しました。

 その後もいろいろな役を演じましたが、私の仕事の原点は朝ドラ。「わかば」が基盤となって余分な物を付けたり、そぎ落としたり、その作業の繰り返し。朝ドラに全て教えてもらいました。

 昨年9月に2人目の子供が生まれたのですが、人生の一つのステージは何かが変わるときだと思うんですね。結婚、妊娠、出産を経験した今、別の表現ができると思うし、女優は自分の一つだから細々でも続けたい。また、「わかば」のチームで何かできたらうれしいですね。(おわり)

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