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【朝ドラのころ】大竹しのぶ(2)忙しい撮影も…“本業”高校生から逃げたくなかった

【朝ドラのころ】

大竹しのぶ(2)忙しい撮影も…“本業”高校生から逃げたくなかった

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朝ドラのころ
NHKの敷地内で、学生服姿になって自転車をこぐ大竹=1974年12月撮影

NHKの敷地内で、学生服姿になって自転車をこぐ大竹=1974年12月撮影【拡大】

 ドラマの舞台となった長野県の松本では冬、春、夏に、それぞれ1週間集中してロケを行いました。それ以外の撮影は全て東京・渋谷のNHKのスタジオでしたね。

 私は放送開始の4月から高校3年生でした。日、木曜がリハーサルで、月、金、土曜が収録日。江戸川区内の都立高校に通っていましたが、学校に1日中いられたのは火曜と水曜だけ。それ以外は、3時間目が終わる午前11時25分まで授業を受けて、国電(現JR)の最寄り駅で総武線に乗り、山手線に乗り換えて、12時40分に渋谷駅へ着く。

 駅から走ってNHKへ向かい、局内の廊下も走ってメーク室へ。そこで15分間でメークをして、(カメラを回さない)ドライリハーサルをして、昼食のおにぎりを食べたりして、午後1時から撮影を開始する。まさに分刻み。

 仕事が終わるのはだいたい深夜1時過ぎで、帰宅は局からタクシーが出ました。行き先だけ言って車の中でずっと寝ていましたね。翌朝は8時半から授業。半年間、その繰り返し。ただ、進学校だったので、そこから逃げたくないという気持ちは常に持っていました。

 「水色の時」の前に撮影した映画「青春の門」の浦山桐郎監督が、私に「普通の感覚を持って、一人の人間としてもきちんと生きていける人にならなきゃいけない」と言ってくださいました。

 今は芸能界という華やかな世界にいるけど、自分の本業は高校生。高校をきちんと卒業して、大学進学をどうするのか、ずっと考えながら撮影に臨んでいました。女優を職業にすると決めたわけではなかったですから。

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