2019.10.12 09:50

映画美術の第一人者、西岡善信さんが死去

映画美術の第一人者、西岡善信さんが死去

死去した西岡善信さん

死去した西岡善信さん【拡大】

 映画美術の第一人者で「地獄門」をはじめ数々の作品に携わった西岡善信(にしおか・よしのぶ)さんが11日午後7時22分、老衰のため京都市の病院で死去した。97歳。奈良県出身。葬儀・告別式は15日正午から京都市右京区西院東貝川町46の3、天神川ホールで。喪主はめい早瀬美奈(はやせ・みな)さん。

 学徒出陣や旧ソ連での抑留体験を経て帰国し、1948年に大映京都撮影所に入社。54年のカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した「地獄門」(衣笠貞之助監督)の美術に関わり、川島雄三、増村保造両監督らの作品で頭角を現した。勝新太郎さんが主演した「座頭市」シリーズも手掛けた。

 大映倒産の翌72年、同社の元スタッフらと企画・製作会社「映像京都」を創設。五社英雄、市川崑両監督らの映画や「木枯し紋次郎」などのテレビドラマに携わった。市川監督の「かあちゃん」「どら平太」、山田洋次監督「たそがれ清兵衛」、大島渚監督「御法度」、篠田正浩監督「瀬戸内少年野球団」「梟の城」なども担当した。

 2010年にテレビ時代劇の減少や自らの健康問題を理由に映像京都を解散する一方、映画塾で後進の育成に尽力した。

 02年に川喜多賞。「鬼龍院花子の生涯」「利休」などで、日本アカデミー賞の美術部門の最優秀賞を10度獲得した。92年、紫綬褒章。97年、旭日小綬章。