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【朝ドラのころ】貫地谷しほり(5)人生に悩んだときも“祖父”のセリフが勇気くれた

【朝ドラのころ】

貫地谷しほり(5)人生に悩んだときも“祖父”のセリフが勇気くれた

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朝ドラのころ
長丁場の撮影を終え、感極まって涙する貫地谷=2008年2月撮影

長丁場の撮影を終え、感極まって涙する貫地谷=2008年2月撮影【拡大】

 「ちりとてちん」では撮影拠点の大阪で約10カ月生活し、小浜弁、大阪弁、三味線、上方落語に挑戦しました。振り返ると、ひたすら一生懸命に演じて、気が付いたら撮影が終わっていたという感じです。

 クランクアップのときは21歳。新しい役をやりたいという思いもあり、うれしかったですが、自分の演技に対する悔しさや、寂しさもこみ上げてきました。自分は絶対泣かないと思いましたが、いろんな感情がごちゃまぜになり、大泣きしました。ドラマ終了後には続編の話もありましたが、当時は次の世界に向かいたいという気持ちから、お断りしました。

 撮影を乗り切れた原動力のひとつに、脚本(藤本有紀氏)の素晴らしさがあります。毎週新しい脚本が届くと、現場で共演者の方と「今回はどこで泣いた?」という会話をするんです。伏線とユーモアにあふれていて、役柄に集中できました。

 私の人生を振り返ると10代からこの仕事で、お芝居をするのが日常でした。朝ドラの前後は映画やドラマにたくさん出させていただき、周囲からは冗談で「借金でもある?」とか言われました。

 一方で社会的な作品にも出演するようになり、「世の中にはいろんな人がいる」と痛感するようになりました。そこから「一生女優だけを続けてよいのか」という漠然とした不安が芽生え、20代の終わりに「私、辞めたいです」と事務所に相談したことがありました。

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