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【関西レジェンド伝】正司敏江(4)玲児さんと離婚後もコンビ継続

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正司敏江(4)玲児さんと離婚後もコンビ継続

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苦労もしたが、玲児とは離婚後もコンビを続けた

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 正司敏江・玲児は「どつき漫才」がウケて、テレビやラジオのレギュラー番組も増えました。1970(昭和45)年の大みそかには、NHK紅白歌合戦の応援合戦に出させてもらい、翌71年にはTBSの人気ドラマ「時間ですよ!」にも出演しました。

 そんな矢先の72年のことです。4月開始の毎日放送「新・番頭はんと丁稚さん」の番組宣伝の新聞広告に玲児さんの顔写真だけが載っていなかった。それについて抗議したら、役柄が気に入らんと文句をつけたことになり、しまいには玲児さんが脚本家の花登筺先生にものを投げつけた、という話になってしもうた。

 その結果、松竹芸能から一回クビにされてしまい、1年後の73年4月にようやく復帰させてもらいました。急に人気が出て、生意気な態度に見えたんでしょう。いい勉強になりました。

 玲児さんは「飲む打つ買う」全部やる人で、金遣いが荒かった。とくにボートレースが好きで、住之江によく行ってました。浮気もちょいちょいしてましたけど、弟子の女の子と浮気したのには腹立ってな。ボートレースで勝ってちょっとお金ができても私には黙っているのに、その子にはいろいろ買ってあげてたわ。自分の子供にも何も買ってあげてないのにな。そういう人でした。

 私も、なんでこの女に「ねえさん」と呼ばれなあかんねんと思って、73年の秋には芦屋にあったマンションを出ました。そして、香川県坂出市の両親に預けていた一人娘とも一緒に住むことにしました。結婚してから9年半ほどでした。

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