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【関西レジェンド伝】正司敏江(3)玲児さんと「どつき漫才」で人気者に

【関西レジェンド伝】

正司敏江(3)玲児さんと「どつき漫才」で人気者に

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関西レジェンド伝
夫婦コンビの正司敏江・玲児。どつき漫才で一躍人気者に

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 かしまし娘の正司歌江師匠に勧められ、私と及川玲児さんは1967(昭和42)年に夫婦漫才コンビを結成しました。私は結婚を機に芸人をやめていたので、11月に角座で松竹芸能のおえらいさんの前でやった手見せ(オーディション)は緊張しすぎて失敗。これではあかんと、生まれたばかりの長女を香川県坂出市の両親に預け、かしまし娘の女中をしてお給料をいただきながら、芸に取り組みました。

 おかげさまで次の手見せは合格しまして、「正司」の屋号も許され、68年5月1日に角座で「正司敏江・玲児」として正式デビューしました。私はずっと玲児さんを「おにいさん」と呼んでいたので、当初は兄妹漫才として売り出したんですけどね。だんだん、お客さんからも「おにいさんって婿さんのことかー」なんて声がかかるようになったし、夫婦だと公表しました。

 最初は普通のしゃべくり漫才だったんですけど、あるとき大阪の新世界での舞台で私がせりふを忘れたら、玲児さんが怒ってパーンと本気で突き飛ばしたんですわ。そしたら、えらいウケましてね。このけんかから「どつき漫才」が誕生したわけです。翌69年には上方漫才大賞の新人賞をいただきました。デビューからわずか10カ月でした。

 漫才のネタは玲児さんが書いて、私に教えてくれました。私はろくに中学も通ってないもんやから字も知らなくて、せりふがなかなか覚えられんねん。11時間も打ち合わせしたこともありましたわ。それなのに、私がせりふを忘れるもんだから、怒ってね。

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