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【軍事のツボ】日本商船隊の悲劇と潜水艦の運用

【軍事のツボ】

日本商船隊の悲劇と潜水艦の運用

特集:
軍事のツボ
戦没・殉職船員追悼式で献花する参列者(撮影・梶川浩伸)

戦没・殉職船員追悼式で献花する参列者(撮影・梶川浩伸)【拡大】

 5月15日、神奈川県横須賀市の観音崎公園にある「戦没船員の碑」の前で、49回目となる戦没・殉職船員追悼式が行われた。途中から雨が降り出す天候だったが、穏やかな浦賀水道の海面を臨む碑の前で、海上自衛隊横須賀音楽隊の演奏の中、参列者約500人が献花した。

 大東亜戦争について、陸海軍の戦闘や戦死者らについて語られることは多い。それに比べると商船の犠牲について語られる機会は多くない。ところが、この戦没船員の碑を上皇ご夫妻がたびたび訪問されている。皇太子だった1971(昭和46)年の第1回追悼式を皮切りに、天皇在位中の8回と合わせ計9回に及ぶ。

 天皇として最後となった今年1月21日のご訪問では、出迎えた遺族らに丁寧に声を掛けられた。その姿に追悼式を主催する日本殉職船員顕彰会の岡本永興常務理事は「戦没船員についてかなり心を砕かれている様子が見て取れた」と話す。

 上皇ご夫妻は、全ての戦争犠牲者に向き合うという気持ちからたびたび足を運ばれていると考えられるが、同時に海上交通が重要であることの証左にもなる。

 民間船舶の船員はある意味で軍人以上に犠牲になってきた。陸軍軍人の死亡率が約20%、海軍軍人は約16%だが、民間船舶(商船=100トン以上の鋼船、漁船、機帆船)の船員は推計約43%にものぼった。同会が把握している船員の犠牲者は6万3614人。

 物資輸送の中核を担う商船を、日本は戦前、約600万総トン保有していた。これは世界第3位の船腹量で、戦時中にも約400万総トンを建造した。しかし造るそばから沈められて、約2600隻、計840万総トンが大海原に消えた。

 「輸送船の墓場」といわれる海域はいくつかある。台湾とフィリピンの間のバシー海峡などだが、燃料や日数の節約などのための合理的なルートであり、こうした海域で米潜水艦が待ち伏せを行った。

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  • 追悼式では海上自衛隊横須賀音楽隊が今回も演奏した(撮影・梶川浩伸)
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