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【朝ドラのころ】瀧本美織(3)今も大事にしている“父”エンケンさんの金言「おまえは俺の教科書」

【朝ドラのころ】

瀧本美織(3)今も大事にしている“父”エンケンさんの金言「おまえは俺の教科書」

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朝ドラのころ
大阪・今宮戎神社で開催される「十日戎」の伝統行事「宝恵駕籠(ほえかご)行列」で朝ドラをPRする瀧本=2011年1月撮影

大阪・今宮戎神社で開催される「十日戎」の伝統行事「宝恵駕籠(ほえかご)行列」で朝ドラをPRする瀧本=2011年1月撮影【拡大】

 共演者の方たちとは今でも集まります。この間、(当時11~12歳だった)まえだまえだの(前田)航基が20歳になったので、松尾諭さんや朝倉あきちゃん、川中美幸さんたちと集まってお祝いしたんですが、あの幼かった航基が貫禄たっぷりになっていて、ビックリ(笑)。みんなで懐かしみながら当時の思い出や近況を語り合いました。

 朝ドラを撮影していたとき、私は初めて鳥取県の実家を出て、大阪で一人暮らしを始めました。でも、不思議と寂しさは感じませんでした。それは本当に共演者の方たちのおかげです。

 撮影中は楽しい思い出がたくさんあります。(広島県の)尾道に住む育ての父を演じたエンケン(遠藤憲一)さんとは毎朝ハグをして一日を始めていました。一度、エンケンさんが酔っ払って朝方に戻ってきたときにお侍さんキャラになっていたのは、少し驚きました(笑)。スタッフの方に『拙者は◯◯でござる』みたいに言っていて。私はまだ10代でお酒は飲めなかったんですけど、なんか大人たち楽しそうだな、かわいいなって思いながら見ていましたね。

 エンケンさんは、すごく私のことを気にかけてくれました。ある時、何気なく「おまえは、俺の教科書だよ」と言ってくださったひと言は、今でも大事にしている言葉です。経験を積むと、頭で計算してしまうことが増えるらしく、感じたことを素直に出せる気持ちを忘れるなということを言ってくださったんだと思います。そのときは、あまり真意を分からずに受け止めていましたが、自分も経験を積む中で徐々に分かってきました。今でも会うと、「その気持ち、忘れんなよ」と言ってくださることが、本当にありがたいです。

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