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内田裕也さん、別居43年半も妻に守られた破天荒人生

内田裕也さん、別居43年半も妻に守られた破天荒人生

結婚当初の裕也さんと希林さん。わずか1年半で別居も、“不思議な夫婦愛”を生涯貫いた=1973年撮影

結婚当初の裕也さんと希林さん。わずか1年半で別居も、“不思議な夫婦愛”を生涯貫いた=1973年撮影【拡大】

 孤高の歌手、内田裕也さんはロックミュージックに傾倒し、音楽活動を行う傍ら、テレビや映画など幅広く活躍した。長い白髪とサングラスがトレードマークで、東京都知事選への出馬や東日本大震災での被災地支援など政治や慈善活動に積極的に関わる一方、強要未遂で逮捕されるなど破天荒な私生活も常に注目の的だった。昨年9月に死去した女優、樹木希林さん(享年75)と40年以上、別居婚を貫いたが、どんな時も“帰る場所”は妻の大きな懐だった。

 邦楽界の異端児は波瀾万丈な人生を送った。

 裕也さんは高校時代に米ロックスター、エルビス・プレスリーに憧れ、音楽活動を開始。1959年の音楽祭「日劇ウエスタンカーニバル」でデビュー後、66年にビートルズが東京・日本武道館で行った来日公演では前座を務めるなどロックの普及に尽力。70年代には映画界に進出し、83年の大島渚監督作「戦場のメリークリスマス」、89年のリドリー・スコット監督作「ブラック・レイン」で存在感を見せた。

 91年には東京都知事選に出馬し、政見放送でジョン・レノンの「パワー・トゥ・ザ・ピープル」を歌い出すなど話題に。95年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災では被災地を支援し、宮城・石巻市を訪れた際には「石巻の石はロック、巻はロールで英語にするとロックンロールだ!」と語り、毎日6900円を寄付し続けた。

 私生活では希林さんとの独特な夫婦関係が注目された。73年10月に結婚も、1年半で別居。81年には裕也さんが一方的に離婚届を提出したが、希林さんが離婚無効の訴訟を起こして阻止した。

 別居生活は43年半にも及んだが、裕也さんが77年に大麻取締法違反、83年に銃刀法違反、2011年に強要未遂と住居侵入容疑と3度の逮捕歴を重ねても、希林さんは「寂しいんだと思う」と決して離婚しなかった。

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  • 1991年、東京都知事選に立候補した内田裕也さん
  • 1995年、本木雅弘と娘で長女の内田也哉子の挙式後の内田裕也さんと樹木希林さん
  • 2011年、強要未遂事件謝罪会見で片膝をつき謝罪の弁を述べる内田裕也さん
  • 内田裕也さんの主な楽曲
  • 内田裕也さんの主な出演映画