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【関西レジェンド伝】桂きん枝(3)順風満帆も不祥事で破門…故松鶴師匠のおかげで復帰

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桂きん枝(3)順風満帆も不祥事で破門…故松鶴師匠のおかげで復帰

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関西レジェンド伝
破門を経て、高座に復帰。いよいよ師匠の前名を継ぐ

破門を経て、高座に復帰。いよいよ師匠の前名を継ぐ【拡大】

 桂三枝兄さん(現六代文枝)が司会をやっていた毎日放送の人気テレビ番組「ヤングおー!おー!」に、僕と桂文珍、月亭八方さん、林家小染さんの4人が出してもらえるようになり、1972(昭和47)年、「ザ・パンダ」と名付けられて、ゲームやら大喜利やら、いろいろやらせてもらいました。まあ、三枝兄さんがいろんなこと考えつくんですわ。「たたいてかぶってジャンケンポン」なんか、今でもバラエティーの定番ですからね。

 「親をだます」コーナーもありましてね。番組中に実家のおかんに電話して、そのやりとりを流すわけです。うちのおかんの春子と八方のおかんが特にウケまして、スタジオにも呼んだ。うちのおかんは、森進一さんにも「あんた、声どうしたん。風邪でも引いたんか」なんて平気で言うわけですよ。

 朝日放送「プロポーズ大作戦」は73年の放送開始からレギュラー。愛のキューピッドをやってました。当時は素人を呼ぶ番組が多かったね。制作費を安くするためかな。

 三枝兄さんたちの言うとおりにやってたら、知らん間に人気が出て、仕事終わって帰宅すると、家の前で女学生がキャーキャー言いながら僕の帰りを待ってる。おかんが家にあげて一緒にお茶飲んでたりもしてたわ。

 ところが、いろいろと不祥事が重なりまして、83年9月、「きん枝」の名を桂小文枝師匠(当時、故五代目文枝)に返上しました。破門というやつです。前の年の収入への税金はかかるし、子供もいる、住宅ローンもある。京都の知り合いの社長が面倒を見てくれると言ってくれて、自動販売機の商品を運ぶ会社に就職しました。

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