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【関西レジェンド伝】嘉門タツオ(5)自分が死んだときどんな歌で出棺されたいかもう考えてる

【関西レジェンド伝】

嘉門タツオ(5)自分が死んだときどんな歌で出棺されたいかもう考えてる

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 死というのは誰にも訪れる問題ですが、少しでも笑えたりホッとしたりするメッセージ性のある歌も作れるんじゃないかなと考えています。

 実際、僕の父が2004年に食道がんで余命宣告を受けたとき、亡くなる18日前から病室でビデオテープを回したんですよ。父は明るく歌ったり、若い頃の話をしてくれて、「なかなかようやった人生やった。あと5年は生きるぞ」と言って亡くなった。それを20分に編集してお葬式で流したんです。参列してくれた方も喜んでくれました。

 その翌05年に幼稚園の頃からの親友、高倉義和くんが肺がんの末期で余命3カ月と宣告された。「辛気くさいのはいやだ。おもろい葬式にしてほしい」と言うので、父のときのようにビデオを回して本人のあいさつなどを撮影し、「ゆけ!ゆけ!高倉義和!!」という歌も作った。06年に亡くなったんですが、葬式ではみんな笑いながら泣いてましたね。07年に「た・か・く・ら」という小説にして、2時間ドラマにもなりました。

 そうそう、17年3月25日、58歳の誕生日を機に芸名の達夫をカタカナにして「嘉門タツオ」に改名しました。還暦を前に、よりポップに、フットワーク軽く、という意味を込めてます。自分が死んだときにどんな歌で出棺されたいかは、もう考えてるんですわ。アルバム収録曲の「火を通せば大丈夫」からの「明るい未来」に送られて火葬場に行きたいですね。 (おわり)

嘉門タツオ(かもん・たつお)

 本名・鳥飼達夫。1959(昭和34)年3月25日生まれ、59歳。大阪府茨木市出身。75年に笑福亭鶴光に入門、80年に破門。シンガー・ソングライターとして83年にデビュー。「替え唄メドレー」などがヒット。

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