2019.2.18 05:00

角川春樹氏、故佐藤純彌監督を語る「潔く真面目。職人監督だった」

角川春樹氏、故佐藤純彌監督を語る「潔く真面目。職人監督だった」

 映画「男たちの大和/YAMATO」(2005年)など数多くの大作を手掛けた映画監督、佐藤純彌(さとう・じゅんや)さんが9日に死去していたことが17日、分かった。86歳。「人間の証明」(1977年)や「野性の証明」(78年)、「男たちの大和-」で佐藤監督を起用したプロデューサー、角川春樹氏(77)が、サンケイスポーツの取材に思い出を語った。

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 身近な人が亡くなることが増えてきたが、純彌さんが亡くなるイメージはなかった。1カ月ほど前に本が送られてきて、元気でやっていると思っていたばかり。訃報は本当に唐突で、びっくりした。

 潔く、真面目で率直な人だった。最初に仕事をしたのは77年の「人間の証明」だが、一番の思い出は翌年の「野性の証明」だ。オーディションで薬師丸ひろ子に決めた私に、純彌さんが抵抗した(役の設定が8歳児だったためとされる)。「俺がプロデューサーなんだから、従ってもらわないと困る」と押し切るまで、1時間半近くもめにもめた。

 撮影が始まり、彼女の14歳の誕生日を祝うために金沢ロケを訪問すると、純彌さんが「角川さんにおわびをしないといけないことがある」と報告してきた。私の知らない所で大きなトラブルがあったのかと身構えていると、「彼女は天才でした」。その潔さを含めて、真面目で率直な人だと思った。

 それから30年近くがたち、「男たちの大和-」を撮るとき、私の中には純彌さんしかいなかった。当時の純彌さんは「北京原人 Who are you?」(97年)の失敗を一人で負わされ、大作から離れていた。周りは「もう(佐藤監督の)時代じゃない」と反対する人が多かったが、任せられる人は他にいなかった。

 私は戦争を感動ドラマとして描くのではなく、一般の下士官を主人公にした、若者の群像ドラマとして描きたかった。それを撮れるのは、戦争を体験した純彌さんしかいないからだ。結果として「男たちの大和-」は大成功を収めた。

 惜しまれるのは、この成功でやり切ったと思われたのか、その後は作品が少なくなってしまったことだ。時代劇でも現代劇でも何でも、頼まれた仕事はやり遂げる職人だった。名監督、大監督とはまた違う「職人監督」として、映画史に残るだろう。

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