2019.2.5 12:55

桂歌丸の直弟子、桂歌助が師匠の十八番『塩原多助一代記』を継承/芸能ショナイ業務話

桂歌丸の直弟子、桂歌助が師匠の十八番『塩原多助一代記』を継承/芸能ショナイ業務話

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噺よし、踊りよし。桂歌助師匠は、独演会で必ず日本舞踊を披露するのも人気の秘訣だ

噺よし、踊りよし。桂歌助師匠は、独演会で必ず日本舞踊を披露するのも人気の秘訣だ【拡大】

 映像で、あまたの登場人物が次々と浮かんでくるような、ものすごい迫力だった。昨年7月2日に逝去した桂歌丸(享年81)の初の直弟子、桂歌助(56)が、1月15日に横浜にぎわい座で行った独演会。歌丸が晩年のライフワークにしていた『塩原多助一代記』を披露した。

 これは初代三遊亭圓朝が創作した明治期の人情落語で、実在した江戸時代の豪商、塩原太助がモデルとなっている立身出世物語。しかし登場人物が多いことでも知られており、話す側にとっても聞く側にとっても、難易度が高い噺のひとつ。歌丸師匠は、戦後ほとんど演じられることがなかった同作を蘇らせ、ストーリーをまとめて、2話構成で高座にかけていた。

 「歌丸が目をつむってから半年以上になります。私も師匠の後を追いかけて、独演会の内容を変えていこうかなと考えました。師匠が亡くなってしまって、できなくなった噺を、あとを継いで残していこうかなと思い、今回が第1回目となります。『塩原多助一代記』の『青の別れ』を披露するので、ぜひおでかけください」と歌助師匠にお声がけいただき、参じた。

 夜逃げをした多助が愛馬の青と別れて江戸に出る、あの有名どころを聞くことができる楽しみに加え、果たして登場人物の多さという“関門”をどう乗り切るのかという部分にも興味があった。

 すると開場時のチケットもぎりの際に、系図を記したプリントを渡す気配りを目にし、まず感心。さらに『金明竹』を披露した1席目の“まくら”で「ぜひ、中入り(休憩時間)のときに、勉強しておいてください」と予習を促し、客席をどっと沸かせて、“トリ”で『青の別れ』を披露。万全な準備が功を奏し、客席はうなずきながら高座の歌助に引き込まれていった。

 メモした限りでは、総勢15人+青の1頭が登場。固有名詞を覚えるだけでも難作業だが、声色でも多助をはじめとする6人+青(鳴き声)を使い分け、お国なまりをいれたり渋みを出したりした上に喜怒哀楽を加え、見事に1人で多くの役柄を、わかりやすく、そして感動的に演じきった。

 約40分にわたる『青の別れ』。もちろん万雷の拍手だった。生前、「忘れられている噺を掘り起こして高座にかけるのが、私の使命。そして落語を聞いてくれるお客さんを残していくのも、また使命です」と話していた歌丸師匠が、弟子の芸の継承と、それに聞き入る客席の様子に、空の上でほほえんでいるような気がした。

 「師匠は2話にまとめていたので、原作に基づいて私がさらに4話か5話にして、独演会でその都度、披露していく予定です。次回独演会は6月11日。でもその前に、まもなく追悼の落語会があります」と歌助が案内したのは今月18日、歌丸師匠の地元・横浜市南区の南公会堂で行われる『桂歌丸 追悼落語会』だ。

 桂歌春、桂歌助、桂歌若、桂歌蔵、桂枝太郎の歌丸一門が勢ぞろいし、ゲストとして笑点メンバーでおなじみ、三遊亭円楽が出演する。午後6時30分開演(開場は午後6時)。チケットは3500円で全席指定。問い合わせは電話045-232-8593、株式会社コージーファーマシー。

 「皆様で、ぜひお越しください。その日は『塩原多助一代記』と別の噺を考えていまして、歌丸師匠の思い出について、大いに語ります」

 歌丸師匠が生まれ育った地元での落語会。弟子と円楽による、あたたかな1日になるのだろう。(山下千穂)

◎桂歌助(かつら・うたすけ) 本名は関口昇。1962(昭和37)年9月19日、新潟・十日町市生まれの56歳。85年に桂歌丸に入門し、歌児となる。90年に二ツ目に昇進し、歌助に改名。99年に真打昇進。出囃子は十日町小唄。十日町高校時代は野球部に所属し、3年時は新潟大会ベスト8。ポジションはセカンド、右投げ右打ち。教職をとって監督として甲子園出場を果たすため、進学した東京理科大学(理学部数学科)時代に、教師になるためには話がうまい方がいいと思って聞いてみた落語のとりこになり、落語家に。趣味・特技は日本舞踊、囲碁、合気道、野球。昨年7月『師匠歌丸 師匠の背中を追い続けた32年』を出版(イースト・プレス発行、1500円+税)。横浜市在住。落語芸術協会所属。

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