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【関西レジェンド伝】嘉門タツオ(3)サザンの打ち上げを盛り上げたら桑田さんから「嘉門」もらった

【関西レジェンド伝】

嘉門タツオ(3)サザンの打ち上げを盛り上げたら桑田さんから「嘉門」もらった

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関西レジェンド伝
アミューズの大阪事務所で働いてた頃。有線放送などに顔を売ったのが、のちに役立った

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 笑福亭鶴光師匠に破門された1980年9月、21歳だった僕は旅に出ました。

 まずは寒い日本海の荒波を見なければと、能登半島から佐渡島へ。砂浜に二度と使えない芸名「笑福亭笑光」の文字を書き、波で消しました。東京ではあのねのねの原田伸郎さんと清水国明さんにお世話になりました。それから上野発の夜行列車で北海道へ渡り、ヒッチハイクで宗谷岬、礼文島や利尻島へ。12月からは長野県の北志賀竜王高原のスキー場へ行き、ペンションでアルバイトを始めました。

 夜になると、笑福亭笑光を知ってたお客さんから声がかかる。落語は15席覚えてたけど、中学、高校と自作の曲を歌っていたので、原点に返ろうと思って大阪・茨木の実家に「ギターを送って」と連絡。鉄道好きな父が信州中野駅まで届けに来てくれました。

 スキー場に来る女の子の口癖をネタにした曲が「カワイ子ブリッ子今日も行く」。関東の女の子の「ウソー。ヤダー。カワイイー。ヤメテー」などに関西弁でつっこむ歌です。ほかにも何曲かできた。以前出演していたMBSラジオ「ヤングタウン」のディレクターさんが連絡をくれて、近くの奥志賀で特番の公開録音をやるからと誘ってくれた。そこでギター弾きながら歌ったのを録音してくれてたんです。

 その後、鹿児島県の与論島に行ったりしているうちに、破門から1年が経った。その頃、くだんのディレクターが奥志賀で録音したテープを芸能事務所アミューズの大里洋吉会長に聴いてもらえる機会があって「おもしろい」と言ってくれたんです。ちょうどアミューズは大阪に事務所を開いたばかりで、まずはアルバイトとして雇ってもらえた。

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