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【関西レジェンド伝】嘉門タツオ(2)16歳で鶴光師匠に弟子入り、「卒業式小咄」で大ウケ

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嘉門タツオ(2)16歳で鶴光師匠に弟子入り、「卒業式小咄」で大ウケ

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「笑福亭笑光」のころ。師匠の師匠、六代目松鶴に名付けてもらった

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 「先生、どうしても神戸大学へ行きたいんです」「そりゃ簡単や。阪急電車の六甲駅で降りたらええ」「大学の目標はなんや」「酒とたばこをやめることです」…。大爆笑になったけど、20分以上もやったのは長かった。先生が「ふざけすぎや! やめろー!」と言い出した。でもね、父兄のかたは握手してくれましたよ。卒業後、本格的に内弟子に。鶴光師匠の家に住み込み、幼稚園児だったお子さんの世話や掃除、洗濯、食事の支度、師匠の送迎をする生活でした。

 19歳のとき「ヤングタウン」のオーディションに合格。「笑福亭笑光」として、1978年4月から、あのねのねの原田伸郎さんのサブとして水曜日にレギュラー出演しました。ギター弾きながら師匠夫妻をネタにしたミニコーナー「笑光の涙の内弟子日記」などが評判になるにつれ、落語家になりたかったのと違う、ヤンタンに出たかったんや、ラジオに出たかったんやと気がついた。

 そうなると、弟子の仕事がおろそかになってくる。奥さんの機嫌をそこねて、しょっちゅう茨木市の実家に帰されました。しまいに師匠の逆鱗に触れ、「破門や!」。松竹芸能はクビになり、ヤンタンも降板。80年の9月末、放浪の旅に出ました。

嘉門タツオ(かもん・たつお)

 本名・鳥飼達夫。1959(昭和34)年3月25日生まれ、59歳。大阪府茨木市出身。75年に笑福亭鶴光に入門、80年に破門。シンガー・ソングライターとして83年にデビュー。「替え唄メドレー」などがヒット。

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