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【平成の真実(20)】平成7年3月20日「地下鉄サリン事件」

【平成の真実(20)】

平成7年3月20日「地下鉄サリン事件」

特集:
平成の真実
オウム真理教が日本の中枢・霞が関を狙い、地下鉄の計5車両にサリンを散布。日比谷線・八丁堀駅では、乗客らが救急隊員に次々と運び出された =1995年3月20日、東京都中央区

オウム真理教が日本の中枢・霞が関を狙い、地下鉄の計5車両にサリンを散布。日比谷線・八丁堀駅では、乗客らが救急隊員に次々と運び出された =1995年3月20日、東京都中央区【拡大】

 平成7(1995)年は未曽有の動乱の年となった。3月20日、世界史上例を見ない化学兵器テロが東京都中枢で発生。麻原彰晃元死刑囚=執行時(63)、本名・松本智津夫=を教祖とするオウム真理教が国家転覆を企て、営団地下鉄(現東京メトロ)で猛毒の神経ガス、サリンを散布。死者13人、重軽傷約6300人と甚大な被害をもたらした。当時28歳で事件に遭った映画監督、さかはらあつし(本名・阪原淳、52)が心に刻みつけられた恐怖を明かした。 (取材構成・丸山汎)

 「殺され損ねて生き残ったことを、どう受け止めたらいいのか。今でも考え続けているんです」

 さかはらの脳裏には、あの朝の光景が今も生々しく残っている。京大卒業後に大手広告代理店の電通に入社して2年。順調な日々だった。

 3月20日朝。出勤のため、当時最寄りだった日比谷線・六本木駅へ。ホームで読んでいた新聞には「大阪でオウム幹部逮捕」の記事があった。午前8時7分頃、電車が滑り込んできた。

 先頭車両の前から3番目のドア付近が空いていた。「(中に)入ると左の足元に新聞紙があって中から液体が漏れていた。そばの座席には男性がぐったりしていた」。他の乗客も新聞紙を遠巻きにしていたため車両最後尾付近へ行き、つり革をつかんだ。急に目がかすんだ。

 この朝、オウム真理教は都心の計5本の地下鉄でサリンを散布。さかはらが乗り合わせた車両では、豊田亨元死刑囚が新聞紙にくるんだサリンの袋を傘の先で突き破った。この車両でも2人が死亡した。

【続きを読む】

  • 地下鉄サリン事件の被害者で映画監督、さかはらあつし氏
  • 逮捕され警視庁に護送される麻原元死刑囚(中)。公判中は意味不明な言動を繰り返した=1995年5月16日
  • 八丁堀駅でホームに倒れ込んだ乗客ら。同駅でも1人が死亡。事件発生当時は朝のラッシュアワーだった=1995年3月20日
  • 原稿用紙にびっしりと書かれた井上嘉浩元死刑囚の手記(一部)。刑執行直前まで書き続けた量は5000枚以上にのぼった(門田隆将氏提供)
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