2018.12.11 10:00(1/2ページ)

【関西レジェンド伝】佐川満男(1)難波のジャズ喫茶で内田裕也と歌った

【関西レジェンド伝】

佐川満男(1)難波のジャズ喫茶で内田裕也と歌った

特集:
関西レジェンド伝
ロカビリーを歌っていた頃。内田裕也(右)とともにステージに立った

ロカビリーを歌っていた頃。内田裕也(右)とともにステージに立った【拡大】

 関西にゆかりの芸能人が自らの歴史をひもとく「関西レジェンド伝」。今回は、神戸市垂水区出身で、歌手、俳優として活躍する佐川満男(79)が登場。歌手として人気と低迷を経験、離婚や一時廃業を経て、俳優へと転身した波乱の人生を語ります。

 生まれは神戸市垂水区の塩屋。外国人の住宅や別荘がたくさんあるので、空襲に遭わなかった。だから、実家は築80年以上で健在です。父は貿易商で、僕は4人きょうだいの末っ子。ほったらかしで育ちました。

 塩屋小、鷹取中までは学校も楽しかったんだけど、須磨高に入ると、思春期だったのか、先生が嫌いだったのか、自分の存在がわからなくなって、1年の途中でやめてしまった。

 国道2号線をブラブラ歩いていたら、画家の中西勝先生とバッタリ。小学生のとき絵画教室に通っていたから顔見知りだった。「なんや、学校やめたんか。ほなら、絵を描け。家にがらくたあるやろ。それ描けばええ。展覧会に出せ。1週間後や」と言われまして。家に油絵の道具はあったので、バケツやら空き缶を抽象画にした。

 「廃品」という題で関西二紀会に出品したら、最年少で入選。初めて認められて、うれしかったね。中西先生は歌が好きで、お酒を飲むと、ご自身が歌った後、「次は佐川の番や。プレスリーがはやってるやろ、あれやれ」。でたらめな英語で「ハートブレイク・ホテル」を歌ったら、集まってた人たちにウケた。

 家に古いギターがあったので、手回しの蓄音機で流すレコードでカントリーソングを覚えたもんです。歌詞カードなんてない。聴き取った英語をひらがなに置き換えて歌ってた。

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