2018.11.27 10:00(1/2ページ)

【関西レジェンド伝】池乃めだか(5)座長的立場で今田、東野、板尾ら指導

【関西レジェンド伝】

池乃めだか(5)座長的立場で今田、東野、板尾ら指導

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関西レジェンド伝
75歳のいまも舞台に立つ、池乃めだか=吉本興業(撮影・河田一成)

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 吉本新喜劇に入ったのは1976(昭和51)年。そのころは劇場も満員だったけど、だんだん人気は下降線に。会社は89(平成元)年に「やめよッカナ?キャンペーン」を打ち出して、てこ入れしたんですわ。

 このときに花紀京さんや岡八郎(のち八朗)さんが退団して、今田耕司、東野幸治、板尾創路、ほんこん、木村祐一、石田靖、辻本茂雄たち若手がドッと入ってきた。ベテランで残ったのは僕と桑原和男さん、井上竜夫さんくらい。このメンバーでなんばグランド花月で1カ月公演をやることになった。

 当時の社長には「今ここにいるメンバーが新しい新喜劇のメンバーと思っていただいてけっこうです」と言われた。「めだかさんに残ってもらったのはですね、後進をやさしく指導して、うまいことやってほしいからです」と言われました。座長的な立場になったので、台本を書いたりもしましたよ。

 そのうち若手が育ってニューリーダーと呼ばれるように。今田・東野組、板尾・ほんこん組、石田靖・辻本組だったかな。僕は全部の班に出るようになった。背の高いのも増えてきて、僕もギャグがやりやすくなったかな。92年に上方お笑い大賞の金賞、97年には大賞をいただきました。

 新喜劇も変わってきましたね。とくに、すっちーや小籔千豊が座長になった頃からかな。いまは参加型やね。手拍子したり、掛け声かけたり、お客さんが協力的。昔のお客さんは厳しかったよ。若手が出ていっても、聞こえよがしにあくびしたり。そりゃ、キツかった。

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  • 池乃めだか、中学3年生のとき。そして、75歳のいまも元気で舞台に立ってます
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