2018.11.25 04:02

嘉門タツオ「楽しい日本アピールして」、小学6年で1970年大阪万博を体験

嘉門タツオ「楽しい日本アピールして」、小学6年で1970年大阪万博を体験

万博大好きな嘉門タツオ。2度目の祭典を心待ちにしている(大阪市北区)

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 2025年国際博覧会(万博)の開催地が大阪市に決まった。1970年に続き、再び大阪で万博が実現する。大阪府茨木市出身で万博フリークとして知られるシンガー・ソングライター、嘉門タツオ(59)がサンケイスポーツに喜びの声を寄せた。小学6年で1970年大阪万博を体験。7年後の万博への期待も語った。

 ♪カーモン、ベイビー、ばんぱくぅ~。決定の瞬間は大阪・天満のイベント会場の大画面で見させてもらいました。うれしかったですねぇ。

 前回の大阪万博は僕が小学6年のとき。実家が茨木駅の近くだったので、自転車で30分走れば高台から造成中の万博会場が見れた。道がアスファルトで舗装され、沼がバスターミナルになり、色鮮やかなパビリオンがバンバン建っていった。

 父は旭屋書店に勤めていて、ガイドブックの販売のため、毎日会場に通ってたんですよ。僕も親戚に連れて行ってもらったりして、21回行きました。入場料は大人が800円、子供が400円だったかな。ワイヤレスの電話に未来を感じたし、初めて食べたアメリカンドッグがうまかった。

 動く外国人を初めて見て、外国人にサインもらうのが流行った。ザンビアや、エクアドルや、と友だちと見せ合い、どこにあるんやと地図帳で調べてね。エジプトの人はこんな字を書くんやとか勉強になりましたわ。各パビリオンのバッジを集めるのも競った。僕は64種類集めて学校で3番。トップの友だちは101種類集めてましたわ。

 時代も変わったし、7年後は「楽しい日本」をアピールしてほしい。日本のエンターテインメントや食文化を世界へ発信し、高齢化社会の豊かな過ごし方-みたいな提案をできたらいいですね。

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