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【平成の真実(4)】平成元年11月6日、松田優作さん急死

【平成の真実(4)】

平成元年11月6日、松田優作さん急死

特集:
平成の真実
役者としてストイックに生きた優作さん。スター俳優が残した作品は、これからも色あせることはない(1979年撮影)

役者としてストイックに生きた優作さん。スター俳優が残した作品は、これからも色あせることはない(1979年撮影)【拡大】

 平成を象徴する名場面から新事実を発掘する大型連載の第4回は、平成元(1989)年11月6日、40歳の若さでこの世を去った「松田優作さんの急死」。がんに冒されながらも米映画「ブラック・レイン」の撮影に臨み、念願のハリウッドデビューを飾ったが、公開直後に他界。役者として生き抜いた優作さんの“最後の一年”を、共演俳優の國村隼(63)と親友のジャズバーオーナー、大木雄高氏(73)が明かした。(取材構成・宮越大輔、渡邉尚伸)

 突然の訃報だった。

 「ブラック・レイン」の日本公開から1カ月後の11月6日午後6時45分。「太陽にほえろ!」「探偵物語」など、多くの作品で圧倒的な存在感を放った優作さんが、国際派スターの座を目前にぼうこうがんに伏した。

 「『え!?』って。翌朝のニュースで知ってビックリしました」

 國村が優作さんと出会ったのは、その1年前。米俳優、マイケル・ダグラス主演の同作で、優作さんふんするヤクザの子分役で共演した。映画2作目だった國村は、撮影場所のロサンゼルスで4、5回食事に連れて行ってもらった。

 「印象的だった言葉は『家から一歩出たら、見られていることを意識しろ』『オレたちの仕事ってのは、(作品に込められた思いを依代となって伝える)メッセンジャーだ』。役者としてのたたずまいを教わりました」

 当時、優作さんはぼうこうがんを患っていることを妻の女優、松田美由紀らごく一部の人にしか伝えず、病気をおして撮影に臨んだ。

 巨匠、リドリー・スコット監督は1シーンをカメラ4台で約7テイク撮影するスタイルで、「優作さんは『リドリーからお前のイメージはそれしかないのかと問われ続けている気がする』と言って毎回違う芝居をしていた」。病気を感じさせることはなく、「『“映画の父の国”で撮影している。オレは本当に幸せなんだ』とずっとおっしゃっていた」と懐かしんだ。

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