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【関西レジェンド伝】赤井英和(3)連続KO記録挑戦中に「浪速のロッキー」の愛称に

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赤井英和(3)連続KO記録挑戦中に「浪速のロッキー」の愛称に

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エディ・タウンゼント(右)さんは最高の恩師です

エディ・タウンゼント(右)さんは最高の恩師です【拡大】

 近大1年だった1980(昭和55)年3月にタイで行われたキングス・カップの際に、プロコーチのエディ・タウンゼントさんが特別コーチとして日本代表に帯同。初めて指導を受けました。柴田国明さんやガッツ石松さんを世界チャンピオンに育てた名トレーナー。僕にとっても恩人です。

 エディさんは選手本位で考えてくれる。ミット打ちのときに「ナイスパンチ!」と声をかけられると、不思議な力がわいてくる。練習が終わると、自分のタオルで汗をふいてくれるんです。ファイタータイプの僕はガードが低い。エディさんは僕の左手をとって「赤井のピストルの弾はここから出る。当たると相手痛いよ」とほめ、右腕を指して「でも、空いてる腕はガードよ。危ない、危ない」とアドバイスしてくれました。選手のええところを伸ばして、悪いところを隠れるようにしてくれるんですわ。

 モスクワ五輪の代表候補にもなっていましたが、日本がボイコット。それならと、学生のままプロテストを受けました。ジムの津田博明会長には「世界タイトルを獲らなあかん。世界への挑戦権を獲るには、勝ち続けるしかない。ボクシングの魅力はKOや。連続KOの記録をつくれ」と言われた。その年の9月18日に4回戦でデビュー。KO勝ちを続け、5戦目の後、米ロサンゼルスへ約2カ月、武者修行に。名門メインストリートジムでラリー・ソトさんというメキシコ人トレーナーに左ボディーアッパーと左フックを教わり、僕の武器になった。

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