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【大河のころ 西田敏行(1)】上野公園の銅像に風貌近づけ「ご存じ、西郷隆盛」

【大河のころ 西田敏行(1)】

上野公園の銅像に風貌近づけ「ご存じ、西郷隆盛」

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上野公園の銅像

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 役作りで大きい体になるために寝る前、消化のいいうどんを食いました。撮影の前の年、テレビ番組で行った太平洋の島国、キリバスで蚊に刺され、デング熱を発症したんです。日本ではデング熱なんてなくて骨髄液まで採って検査をして。デング熱で痩せてうどんで太って。ふふふっ。肉じゅばんでもカバーしました。

 薩摩言葉も思い出すな。長いせりふもあれば、怒鳴り合いもあって、政治劇に近かったから固いせりふも多かった。僕は音感が良い方なんで人よりは苦労せずに済んだけど、気持ちや感情が入ってくると方言のせりふはかなりキツイもんです。自宅で家族との会話に薩摩弁が出たときにやっと自分の血肉になったと思いましたね。

 奄美大島のロケで、映画「釣りバカ日誌」で共演した石田えりちゃん(57)が奥さんの愛加那役で出演したときは、背景が海だし、(釣りバカの主人公の)ハマちゃんと混乱したね(笑)。後妻のいと役の田中裕子ちゃん(63)が僕の頬に手を当てるシーンのときは、思いっきり抱きしめちゃいました。

 西郷さんはセクシュアルな動きをしない方がいいと思いましたが、体が自然に動いて。裕子ちゃんのおかげで、西郷さんの柔らかい部分が出せたと思います。

 大久保利通役の鹿賀ちゃんはあの頃、ミュージカル「レ・ミゼラブル」とかに出ずっぱりの売れっ子で、スケジュールもかなりハードでした。鹿賀ちゃんが「血を吐いちゃいました」っていうことが何度かあり、胃が潰瘍みたいになったんでしょうね…。

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  • 鹿児島ロケで撮影された西郷と大久保の別れのシーン。西田(左)と鹿賀(右)は迫真の演技を見せた=1990年7月撮影
  • 西田敏行が出演した大河ドラマ
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