2018.9.2 05:01

関東大震災報道写真は捏造だった…東京都復興記念館など調査で明らかに

関東大震災報道写真は捏造だった…東京都復興記念館など調査で明らかに

1923年9月、捏造写真の基になった皇居前広場に避難した群衆。背景には皇居が写っている(報知新聞撮影、東京都慰霊協会提供)

1923年9月、捏造写真の基になった皇居前広場に避難した群衆。背景には皇居が写っている(報知新聞撮影、東京都慰霊協会提供)【拡大】

 1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災の報道写真の中に、捏造や改ざんされたものが数多くあることが、東京都復興記念館(東京・両国)と共同通信社の過去5年間の調査で明らかになった。東京・本所の陸軍被服廠跡とされる写真や摂政宮(後の昭和天皇)が巡視される写真などが含まれ、国内外の論文や著作に引用されてきた。

 遺体が積み重なる被服廠跡の写真を載せた新聞社が、警察当局から発禁処分を受けたため、遺体が写っていない捏造写真が出回ったとみられる。

 被服廠跡には、周辺住民数万人が避難した。間もなく火災旋風が群衆を襲い約3万8000人が死亡。猛火に包まれる前に撮影したとされたのが「被服廠跡惨事直前写真」だ。

 ところが、調査の結果、皇居前広場の避難者の写真を加工したものだと判明した。基になったのは報知新聞が皇居前広場を撮った3枚組みの写真。このうち右端の写真に誰かが手を加え、背景の皇居を炎と煙に描き変えていた。写真は絵はがきとなり、大量に流通した。

 摂政宮の写真には街灯が貼り込まれていた。騎馬にある影が、街灯にはないことから分かった。火災で発生した積乱雲の写真に、地震発生時刻の11時58分で止まった時計がある中央気象台観測塔を貼り込んだ合成写真も見つかっている。

★専門家の目

災害史研究家・北原糸子氏「これら一連の捏造写真は長い間捏造とは思われずに活用されてきた。なぜいま、事実が判明したのか。写真データなどあらゆる情報がデジタル化され、疑問に思うことについてオリジナルデータに当たって調べられる時代になったことが大きいだろう」

  • その背景を描き変え、被服廠跡惨事直前の写真のように捏造された絵はがき(東京都慰霊協会提供)
  • 1923年9月18日、焼け落ちた銀座を巡視される摂政宮(後の昭和天皇)。左手前の街灯は銀座らしさを示すため貼り込んだもので、影が出ていない
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