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理系の落語家、桂歌助が出版した「師匠歌丸」が泣ける/芸能ショナイ業務話

理系の落語家、桂歌助が出版した「師匠歌丸」が泣ける/芸能ショナイ業務話

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独演会で歌丸師匠の思い出話を披露する桂歌助

独演会で歌丸師匠の思い出話を披露する桂歌助【拡大】

 その日は歌丸師匠の最初の月命日、8月2日だった。歌助さんは、湯川さんの手で散髪してもらうと、徒歩数分の歌丸邸に出掛けていった。出身の新潟の名産、小千谷ちぢみの着物が夏空によく映えていた。

 しばらくして「ユカワ」に戻ってきた歌助さんは「おかみさんがいらして、仏壇に手をあわせてきました。本は、できあがったときに自宅に届けてあります。今ごろ、空の上で喜んでくれているのか、顔をしかめているのか、どちらでしょうね」と肩をすくめた。なお商店街のお茶の専門店、玉喜園や高橋薬局でも著書を店頭販売中だ。

 昨年、出版プランを師匠に相談すると「悪口を書かないなら、いいよ」と承諾を得たという。その間も歌丸師匠は入退院を繰り返し、回復を祈念し続けてきた歌助さん。本編のみならず、あとがきにも『この本が出版されるころには、退院しているに違いない』と思いを込めている。

 「書き終わったのが6月で、あとは読んでいただくばかりでした。印刷に出しているときに目を瞑ってしまわれ、本当に残念でなりません」。本の発売は、“旅立ち”から13日後の7月15日だった。表紙を飾った師弟の写真は、最後の高座になった4月19日の国立演芸場で撮影。本を読んでは涙を流し、歌助さんの話を聞いて、さらに心はどしゃぶりになった。

 10月23日(火)には、一門による桂歌丸追悼落語会を横浜・吉野町市民プラザで開催(午後2時開演)。たくさん泣いた分、その日はたくさん笑いを吸収しようと、今からそう思っている。(山下千穂)

 桂歌助(かつら・うたすけ) 本名は関口昇。1962(昭和37)年9月19日、新潟・十日町市生まれの55歳。85年に桂歌丸に入門し、歌児となる。90年に二ツ目に昇進し、歌助に改名。99年に真打昇進。出囃子は十日町小唄。十日町高校野球部のポジションはセカンド。右投げ右打ち。01年の夏、母校が甲子園初出場した第83回大会は、現地で明徳義塾戦を観戦。東京理科大学では理学部数学科卒業。趣味・特技は日本舞踊、囲碁、合気道、野球。十日町観光大使で「雪と着物とコシヒカリ」を常にPRしている。落語芸術協会所属。横浜市在住。

  • 著書「師匠歌丸」を上梓した桂歌助
  • 横浜橋商店街のお茶専門店、玉喜園では、桂歌助の著書「師匠歌丸」を店頭販売している。献花台が一時、設けられたスペースの隣の店だ
  • 歌丸師匠が通っていた横浜橋商店街の理容店「ユカワ」にて、湯川豊さんに散髪してもらう桂歌助
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