2018.8.21 10:00(1/3ページ)

【関西レジェンド伝】正司歌江(3)すぐできた「かしまし娘」のテーマ

【関西レジェンド伝】

正司歌江(3)すぐできた「かしまし娘」のテーマ

特集:
関西レジェンド伝
1956年、かしまし娘結成時のブロマイド

1956年、かしまし娘結成時のブロマイド【拡大】

 私が富山で芸者をやっていた27歳の頃、大阪では次女の照枝と三女の花江の2人で漫才やっていましたが、下手でまったくウケない。本人たちが言うんだから間違いないです。

 そこで、戎橋松竹の支配人だった勝忠男社長(のちの松竹芸能社長)が「たしか姉がおったな。三味線も弾けて歌もうまいらしいやないか。姉を呼べ」と言い出しまして。父が富山に迎えに来ました。芸者置屋に700円の借金がありましたが、勝社長が払ってくれました。1956(昭和31)年のことです。

 8月30日に大阪に帰り、一日だけ稽古して翌31日には難波駅前の今のマルイの場所にあった南街ミュージックホールで初めて3人で舞台に立ちました。これが、かしまし娘としてのデビュー。すごいウケましてね。

 ただ、私がどうしても富山弁が出ちゃって、怒られた。やめたいと言ったら、当時人気の茶川一郎さんに慰められた。「あんたらが入ってきてくれて、活気が出たよ」と言ってくれたんです。続けられたのは、茶川さんのおかげです。

【続きを読む】

  1. サンスポ
  2. 芸能社会
  3. 芸能
  4. 【関西レジェンド伝】正司歌江(3)すぐできた「かしまし娘」のテーマ