2018.8.7 10:00(2/2ページ)

【関西レジェンド伝】正司歌江(1)旅の一座に生まれ3歳で舞台

【関西レジェンド伝】

正司歌江(1)旅の一座に生まれ3歳で舞台

特集:
関西レジェンド伝
芸歴85年の正司歌江。7歳で都上英二さん(左)と漫才コンビを組んだ

芸歴85年の正司歌江。7歳で都上英二さん(左)と漫才コンビを組んだ【拡大】

 三味線は7つくらいから、ご夫婦の漫才師に教わりました。奥さんは目の見えない人でしたが音感が鋭くて、間違えると「ちがーう!」とバチが飛んできた。いまでも右手の小指に傷痕があります。

 旅から旅への生活でしたから、学校にも行っていない。だから漢字が読めるようになったのは、31歳で結婚して主人に教わってからです。台本の活字にふりがなをふってもらって覚えました。

 ただ、夏休みの間だけ、学校の先生が一座のいるところに勉強を教えにきてくれました。その先生はそのうち学校をやめると、東京に出て「美和サンプク・メチャコ」というコンビで芸人になっちゃいましたけど。

 その頃、東京で「青空クリーン・大空ヒット」という漫才コンビを組んでいた都上(とがみ)英二さんがうちの一座に入ってきましたが、相方のヒットさんがどこかにいなくなってしまった。私がしゃべりがうまかったらしく、24歳の都上さんと7歳の私がコンビで漫才をやったら、すごくウケた。

 私は字が読めないから、台本なし。子供の私が「新婚旅行に行きましょう」と言い、都上さんが「あんた、新婚旅行の意味わかるの?」とツッコむ。すると「わからないから、連れていって」と返すんですって、勝手に。お客さんが笑うと、なにがおかしかったんですかって聞きにいってたらしい。お客さんに「あんた上手やね」と言われたら「天才よ」と返してた。それは覚えてます。

 都上さんは一座にいた東喜美江さんと結婚してコンビを組んで上京。その前に私と次女の照枝に漫才を教えてくれていたんです。

正司歌江(しょうじ・うたえ)

 1929(昭和4)年8月13日生まれ、88歳。北海道出身。56年に次女照枝(85)、三女花江(82)と音曲漫才トリオ、かしまし娘を結成、三味線を担当した。66年、上方漫才大賞受賞。81年にトリオは活動休止し、以降は女優として活躍。今年、上方演芸の殿堂入りを果たす。

  1. サンスポ
  2. 芸能社会
  3. 芸能
  4. 【関西レジェンド伝】正司歌江(1)旅の一座に生まれ3歳で舞台