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川田裕美、フリーになって不安になったときに思い出した家族の言葉とは?/芸能ショナイ業務話

川田裕美、フリーになって不安になったときに思い出した家族の言葉とは?/芸能ショナイ業務話

フリーアナウンサーの川田裕美

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 フリーで活躍する女子アナたちの個性が豊かになり、現在のテレビキャスター界は群雄割拠となっている。その中で最近、MCでもバラエティーのゲストでも非常に存在感を発揮しているのが元読売テレビの川田裕美。2011年から15年まで「情報ライブ ミヤネ屋」のアシスタントを務め、メーンキャスターの宮根誠司との軽妙なやりとりで全国区となり、16年からフリーに転身した注目株だ。

 4月にフリー3年目を迎え、TBS系「この差って何ですか?」のMCに就任するなど、テレビ・ラジオのレギュラーは8本を数える。傍目には順風満帆に見えるが、1年目は読売テレビが起用してくれた関西ローカルのレギュラー1本のみだった。

 川田は「フリーになって、テレビに出られなくなる日が来るかも、と最悪の状態も覚悟していたけど、退社を決断するときにその怖さを感じた」と取材で語っていた。

 不安な状態で“巣立ち”を迷っていたとき、最も彼女を支えてくれたのは大阪・泉大津市の両親と5歳下の妹だったという。「もし、フリーになって私に仕事がなくなったとき、一番悲しむのは親だな、と思って…。退社を決める前、家族に相談して(実家の)近所の人から『川田さん、テレビ出なくなったねといわれるかも』と話したら、家族全員が『そんなこと気にせえへんよ。裕美が一番楽しく仕事することが私らはうれしいことやから』と笑ってくれて、気が楽になった」と感謝していた。

 フリーになって不安になったとき、川田は家族の言葉を思い出して、「うちひしがれている場合じゃない」と頑張ってきた。バラエティーで芸人顔負けのへたすぎるスキップを披露したり、女優業にもチャレンジし、活躍の場を広げてきた。自分が求められる仕事に常に全力投球するポジティブかつパワフルな姿に圧倒されるが、その理由を聞くと「親が喜ぶ仕事は全部やりたくて」とほほえんだ。

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