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石黒賢、父・修さんの偉大さに涙「すごいおやじだったんだな」

石黒賢、父・修さんの偉大さに涙「すごいおやじだったんだな」

聖ドミニコカトリック渋谷教会で営まれた元プロテニス選手、石黒修さんの通夜で、取材に応じる次男で俳優の石黒賢=東京・渋谷

聖ドミニコカトリック渋谷教会で営まれた元プロテニス選手、石黒修さんの通夜で、取材に応じる次男で俳優の石黒賢=東京・渋谷【拡大】

 俳優、石黒賢(50)の父で、9日に腎盂がんで亡くなった元プロテニス選手、石黒修さん(享年80)の通夜が14日、東京・聖ドミニコカトリック渋谷教会で営まれた。

 次男の石黒が会見し、修さんは3年前に腎盂がんがみつかり、その後、肝臓や脳などに転移して入退院を繰り返していたことを明かした。

 亡くなる前日8日に石黒の兄・実さんと一緒に見舞った際は会話ができ、「じゃあ明日また来るから」と告げて病院を去ったが、9日になって容体が急変。最期に間に合わなかったといい、「本当に突然だったので…。覚悟はしていましたが、もう少し頑張ってくれると思っていました」と悔しさをにじませた。

 父は戦後初のプロテニス選手として活躍したパイオニア。自身も学生時代はテニスに夢中になり、「子供のころ、一緒にテニスをやると父のうれしそうな顔を見て頑張ってやろうかなと思った」。周囲から「石黒の息子」と注目されることに葛藤した時期もあったというが、「大人になっていろいろな方が『お父さんはすごい』と言ってくださり、錦織圭選手がいい成績を残すたびに『石黒修さん以来』と父の名前が出るのは息子として誇らしかったです」と偉大な父をたたえた。

 自身は1983年、大学のテニス部員を描いたTBS系ドラマ「青が散る」に主演して俳優デビュー。芸能界入りのきっかけを作ったのは、ほかならぬ父だった。

 当時、制作側から「テニスができる新人はいないか」と聞かれた修さんが、石黒を推薦したのは有名なエピソードだ。

 「何を思ったのか、父は僕に『これ(ドラマの原作小説)を読んでみろ。ドラマにするらしいけど、お前出るか?』と。俳優になるなんて思ってもいなかった。『オレは芸能界のことはわからないからな。うまくなりたければ盗むんだな』といわれ、今思うと父親らしいアドバイスだったのかな」と振り返った。

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